長嶋監督と松井氏、暗闇の中の素振り スイングの音の違いが分かるもう一人の男

2003年に当時ヤンキースで活躍していた松井秀喜氏のもとを訪れた巨人・長嶋茂雄終身名誉監督【写真:Getty Images】

巨人で約20年スコアラーを務め、王、藤田、長嶋、原監督に仕えた三井元チーフスコアラー

 巨人・長嶋茂雄終身名誉監督が2日の阪神戦(東京ドーム)を観戦した。約10か月ぶりに公の場に姿を見せた。御前試合で巨人は阪神に快勝。ミスターから大きな力をもらった。

 そんなミスターは数々の記録と記憶に残る言動で野球ファンを楽しませてくれている。1993年の第二次政権では松井秀喜氏に対して「4番1000日計画」と銘打って指導をし、巨人の主砲に育てあげた。松井氏が現役引退会見で一番の思い出を聞かれ「長嶋監督との素振り」と答えるほど、2人は濃密な練習を行っていた。それを近くで見ていた元巨人のスコアラー・三井康浩氏に“暗闇素振り”の秘話を語ってもらった。

 ミスターは自室や遠征先のホテルで松井氏を呼び、マンツーマンで素振りをしていた。それも電気を消し、真っ暗な中で音だけを聞いて、いいスイングか、悪いスイングかを判断していたというのは有名な話だ。メジャー移籍後は国際電話で長嶋監督が松井氏のスイングの音をチェックしたこともあった。スイングを見るのではなく、音を聞く。松井氏だけでなく、周りにいた人間も驚いた練習方法だった。

 この暗闇の中の素振り。2人だけではない時があったという。元スコアラーの三井氏は当時の長嶋監督に何度か暗闇の部屋に呼ばれたことがある。

「長嶋さんがミーティング前に1時間、ミーティングルームを真っ暗にして松井選手と2人きりで素振りをやっていました。ある時、『お前も来て、音を聞いておけ』と言われまして……」

 最初は全く違いがわからなかった。聞いても、聞いてもわからなかった。

「本当に監督の言っていることは合っているの?」

 ある時、三井氏は松井氏に聞いた。

「監督は『いい』とか『今のは良くない』とか言っているけど、本当に監督の言っていることは合っているの?」

 半信半疑で聞くと、松井氏からはこのように返ってきた。

「それがさ、合っているんだよ。いい音がした、と言われた時は振り抜けた感じがあるんですよ」

 三井氏は「そのときから、まじめに聞こうと思いましたね」と猛省。呼ばれるたびに音を必死に聞き分けた。

「だんだんと、分かるようになってきました。いい音は“ピュッ”みたいに高い音というか、そういう音で、悪いときは“ブーン”みたいな感じ。音が鳴る場所も違うんです。いい音がするときの場所はいつも決まっていましたね」

 三井氏は違いの分かる男になっていた。

 ナイターが終わるとスコアラーは、試合のデータをまとめ、次の試合に向けた準備をする。東京ドームの時計が午後11時を回った頃、三井氏は都内に住む松井氏から電話で「素振りを見てほしい」と呼び出され、部屋に行ったことがあった。

 気が付けば、朝5時まで振っていたこともあった。自分のスコアラーの仕事はそのあとになった。

「帰らせてくれよって内心思っていましたけど(笑)。というのは冗談。本当によく練習する選手でした」

 電気を消して、三井氏は汗だくになってバットを振る松井氏のスイングの音を聞いていたという。ミスターと一緒に聞いていた音の違いを正確に松井氏に伝え、スイングの音が鳴る位置も伝えた。不振になった時、松井氏はスイングをして取り戻していった。松井氏も三井スコアラーに信頼を寄せていた。

 松井氏はミスターと離れたところでも、このように電気を消して黙々とスイングをして、形を作っていた。音の違いは松井氏の打撃に大きな影響を及ぼすものだった。

プロフィール
三井康浩(みつい・やすひろ)1961年1月19日、島根県出身。出雲西高から78年ドラフト外で巨人に入団。85年に引退。86年に巨人2軍サブマネジャーを務め、87年にスコアラーに転身。02年にチーフスコアラー。08年から査定を担当。その後、編成統括ディレクターとしてスカウティングや外国人獲得なども行った。2009年にはWBC日本代表のスコアラーも務めた。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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