【高校野球】「自分がビッグ4と呼ばれるのは…」―星稜・奥川を成長させる“謙虚”な姿勢

U18研修合宿に参加した星稜・奥川恭伸(左)、智弁和歌山・東妻純平【写真:沢井史】

大船渡の佐々木朗希は163キロマーク…「あんなすごい投手と並べられるのは恥ずかしい」

「本当に情けないです」

 U18日本代表候補国際大会研修合宿2日目。すべての練習を終え、テレビの共同インタビューから戻ってきた奥川恭伸(星稜)が第一声で発した言葉だ。

 この日行われた実戦形式の練習。内容はほぼ紅白戦だったが、回によってランナーを置くなど様々なケースを想定した試合形式の第一戦に、1番手でマウンドに立った。だが、紅林弘太郎(駿河総合)に左越え二塁打を許すと、続く黒川史陽(智弁和歌山)に中前適時打を浴びて1失点。3回を投げ、打たれたのはこの2本のヒットのみ。この日最速の143キロのストレートは決してキレを失っていた訳ではない。それでも体の状態はベストからは程遠く、本人の表情は最後まで冴えなかった。

 選抜では初戦の履正社戦で最速151キロのストレートに、130キロ台後半のフォーク、スライダーなど多彩な変化球を変幻自在に操り、履正社の強力打線から17個の三振を奪い完封勝利。あまりの衝撃的なピッチングに、大会初日の試合にも関わらず「大会ナンバーワンは間違いない」「ドラフト1位競合レベル」と賛辞の言葉が飛び交った。

 だが、中4日で迎えた2回戦の習志野戦では、初戦で見せた躍動感は影を潜め、本来はキレ味のあるスライダーも今ひとつ。9回には昨秋の県大会以来の被弾もあり、1-3で敗れた。帰郷後は練習試合のマウンドに立つことはなく体の状態を見ながら調整を続け、この合宿での打者を相手にした“登板”は、習志野戦以来だった。

 実戦形式の第2戦で先発した佐々木朗希(大船渡)が高校生最速の163キロを叩き出したこともあり、報道陣からは佐々木に関する質問が飛び交った。佐々木は2回を投げ6奪三振。全国レベルの強打者を相手にバットに当てるのが精いっぱいのストレート、変化球の精度の高さ……どれを取っても完璧だった。「自分にはあんな球は投げられない。自分があんなすごい投手と(ビッグ4と)並べられるのは恥ずかしい」と奥川は佐々木と自分を比べた。そして、実戦形式の練習で好投した最速148キロ左腕・宮城大弥(興南)を見つめ「自分がビッグ4と呼ばれるのは……。もう、(ビック4を)降ります。宮城君の方がすごいですよ」と話していた。

素直に相手を称えられる謙虚さと飽くなき向上心

 聞こえ方によってはこれらの言葉はネガティブとも捉えられるが、奥川を一言で表すと“謙虚”な17歳だ。マウンドに立てば剛速球を放つ高校生トップクラスのエースの風格を見せるが、実際は目立つことが大の苦手。新聞などでよく見る注目選手らと並ぶ4ショットなどの写真は、実は「あの中には本当は入りたくない」と本音を漏らす。

 選抜の開会式では、大会関連のほとんどの雑誌で表紙を飾ったこともあり、注目度ナンバーワンの奥川に声を掛けようとする他校の選手が多く集まったものの、列の端っこで1人ひっそりと式が始まるのを待っていた。その日に大一番・履正社戦を控えていたため、気持ちを整えていたというのもあるが「知らない人といきなり話せないんです。ああいう場は……できればそっとしておいてほしい」と苦笑いを浮かべる。

 昨秋、明治神宮大会の初戦で広陵(広島)を相手に7回を3安打11奪三振無失点と完璧なピッチングを見せたが「三振は取れましたけれど、広陵さんは良い打者が多いし、しっかり振り切られた三振ばかり。崩した三振はほとんどなかった」「ボール1個分のコントロールを間違えば打たれていた球もあったので、コントロールがまだまだ甘かった」など、反省点ばかりを挙げていた。数字だけを見れば完璧なピッチングをしても、重箱の隅をつつくように自分の課題を探しだし、今後の糧にする。どれだけ周囲から称えられても現状には満足せず、その次を常に見据える。こういったブレない姿勢が奥川恭伸という投手をさらに成長させている。

 昨年は2年生ではただ一人、U18日本代表に選ばれた。国際大会を知る者として今回の日本代表候補の中でリーダーシップを取れているかという記者の問いに「まだ、そこまでのレベルではありません。自分は下っ端です」と、また自嘲気味に話し、記者を笑わせた。練習中は笑顔を絶やさず、共に練習する選手が自然と奥川のもとに寄っていき、談笑するシーンが多かった。いきなり初対面の者とは話せない人見知りの性格ではあるが、2泊3日で寝食を共にした仲間とはコミュニケーションを深め、「特にピッチャーはほぼ仲良くなりました」と高校生らしい笑顔を見せた。

 朗らかな人柄も奥川の良さでもある。自己を冷静に分析し、素直に相手を称えられる謙虚さと飽くなき向上心を持ち合わせた奥川恭伸がこれから歩むその先に待っているものは――。選抜では悔しさとともに甲子園を後にしただけに、高校野球を最高の形で完結させる奥川の姿を期待せずにはいられない。(沢井史 / Fumi Sawai)

© 株式会社Creative2