CAをやめた女性が父の会社で目指す靴下とは  継ぐということ

「鈴木靴下」の商品を手にする鈴木みどりさん(右)と鈴木和夫社長(左)

 奈良が靴下の生産量日本一の県だということは意外と知られていない。その奈良県で最も狭い町である三宅町に「鈴木靴下」はある。

 「カシャカシャ、プッシュー」。工場には所狭しと並んだ編み機の軽快な音が響く。鈴木和夫・現社長(60)の父が1958年に創業したこの会社は、子供用靴下の製造から始まった。一見、こじんまりした町工場の雰囲気だ。

 実は、大手スポーツメーカーからJリーグチームのソックス生産を委託されるほど技術力に定評がある。そこで後継ぎとして3代目を目指すのが、社長の長女みどりさん(31)だ。

 ▽客室乗務員から新米社員に

 みどりさんは京都の大学を卒業後、2011年に東京の航空会社に入社した。「家を守ってねと周りに言われたが、違う職業や世界も見てみたかった」

 客室乗務員(CA)として3年間、国内外を飛び回った。仕事に打ち込む日々だった。それでも、父が早朝や休日に1人で仕事をしていた姿は脳裏から離れることはなかった。家業の行く末を考えることが少しずつ増え、そのうち「父が苦労して開発している商品を守りたい」という思いが次第に強くなった。

 14年に結婚したこともきっかけとなり退社。三宅町に戻り、鈴木靴下に入社した。

 長年勤務する社員らがいる中、社長の娘とはいえ、新米社員だ。従業員は40人ほどしかおらず、すべてのことをやらざるを得なかった。

 最初は靴下の素材や編み方の知識もなかった。取引先が話す専門用語は理解できず、名刺の渡し方など基本的なビジネスの作法も未熟。あったのは「父を支えたいという気持ちだけ」。気負いが先行した。「会社の裏で、わーっと叫んだこともあります」

 もがきながら、必死の毎日だった。父に同行して取引先と会い、営業のノウハウを盗んだ。商品である靴下への理解を深めるため、県靴下工業協同組合などが実施する認定資格「靴下ソムリエ」も取得した。

 ▽自分に何ができるか考え続けて

 仕事を覚えていくうち、CA時代に身に付けた細かな気遣いは、靴下作りにも生かせると考えた。自分に何ができるかを考え続ける中で、好機は身近な所に転がっていることに気づく。

 「自分の足はゾウの足や」。心不全を患った90歳を過ぎた祖父は、むくんで太くなった足を気にしていた。

 「むくみに悩む人の中には靴下のゴムを切って履く人もいる。祖父も靴下がはきにくいと不満を抱いていた」。圧迫感のない靴下を作れないか。

 商品開発から営業まで、トップとして奔走する父は手いっぱいの状況。「私にできることがあれば何でもしたい」。父に提案し、工場の従業員も巻き込みながら開発に取り組み始めた。

鈴木みどりさん(左)と祖父(右)

 試作品ができると「おじいちゃん、どう?」と祖父に何度も履いてもらった。1年後、足にフィットし、ずれにくく圧迫感を抑えた靴下を仕上げた。「これはいい」と祖父も満足げ。今ではこの靴下しか履かない。開発中に何度も口にした言葉をそのまま商品名に盛り込んだ。「締め付けない靴下 おじいちゃん、いかがですか?」。

 ▽悩み解消が新商品への原動力に

 身近な人の悩みを解消する喜びを体験し、気持ちは前を向いた。「靴下に関する全ての悩みを解決したい」。みどりさんの姿勢に父の鈴木社長は「私にはできない商品の発想がある。みどりのおかげで会社がどんどん動き出し、心強い」と話す。

 新たな目標として思いついたのは、CAのころ悩んだストッキングの蒸れを解消する商品の開発。ただ、ストッキングは靴下の編み機ではできない。協力工場を見つけるのも一苦労だ。相手先との電話は1回で2時間に及ぶこともあった。

 試作品ができると、航空会社の友人ら約20人に履いてもらい、アンケートも実施した。「父も開発するときにアンケートでお客さんの声を知ろうとした」。手本にしたことを話すみどりさんはうれしそうだ。

 試作中のパッケージをみせてもらった。商品説明の表現は、何度も線引きして消され、細かい修正を重ねた様子がわかる。

 元CAが考えたCAのための消臭ストッキング「Flight Stockings」は早ければ今年中にも販売する予定。その日を迎えるまで、さらに試行錯誤を重ねるつもりだ。「他の企業にはできない靴下を作り、多くのお客さまに喜んでもらいたい」(共同=小林直秋27歳)

 ▽取材を終えて

 「世界が狭くなったようだった。同期はキラキラして見えたし、ギャップはありました」。CAから鈴木靴下に入社した当時の心境をみどりさんは振り返る。父を助けたいと実家に戻ったが、何もできない。もどかしさを必死に乗り越え、靴下の魅力を語る言葉に強さを感じた。「商品の見せ方やアイディアについては私よりはるかに優れている」と鈴木社長はみどりさんに太鼓判を押す。靴下の知識を吸収し、のびのびと仕事をするみどりさん。彼女を見つめる優しい社長のまなざしが印象的だった。(終わり)

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