「無念晴らせるのは捜査員だけ」 勇退警官、万感の胸中

左から矢野哲士さん、佐藤雅俊さん

 今春、県警を定年退職した警察官は262人。少年捜査と交通捜査のエキスパートとして活躍した2人に、去来する思いを聞いた。

◆健全育成精神は不変

少年捜査課 矢野 哲士さん

 もう20年前のことだ。取調室で向き合った金髪の少女はふてくされていた。横浜が拠点のレディース暴走族のトップ。グループを抜けようとした別の少女に暴行してけがを負わせたとして、逮捕された。

 非行に走る子どもたちの多くは、周囲との関係づくりがうまくいかず、複雑な感情を心の内に抱える。ただ、一人として同じ境遇の子どもはいない。「この子に欠けているもの、最適な導き方は何かを考え抜いた」。次第に心を開いた少女に、一人一人の心情に寄り添い、健全育成を主眼とする少年捜査の基本を教えられた、と振り返る。

 取調室で捨て鉢に映った少女は今、30代半ば。2年前にふとしたきっかけで連絡があり、「幸せに暮らしています。あの時はありがとうございました」。2人の子どもの母親として充実した日々を送っていると聞き、「何ものにも代えがたい喜び」と相好を崩した。

 36年間の警察官人生の大半を少年部門で過ごした。自然体験ツアーに連れ出した子どもを狙い、児童ポルノを製造していたグループの摘発をはじめ、数多くの捜査を指揮した。ネット社会の進展で、少年事件の態様も悪質、巧妙、潜在化が進んでいると肌身で知る。それでも「どんなに時が移ろうと、子どもの可能性を広げる健全育成の精神は不変」。後進にそう説く。

◆交通捜査「重み増す」

葉山署 佐藤 雅俊さん

 交通畑を中心に歩んだ42年間の警察官人生。うち通算で約17年在籍したのが交通捜査部門だ。

 先輩捜査員の背中に学びながら、暴力団が絡んだ自動車保険金詐欺事件の解明にあたった。故意に事故を起こして治療費をだまし取る手口。からくりを読み解く上で「先入観にとらわれず手順を確実に積み重ねる。一方で、犯行場面を思い描いて勘を働かせる」。摘発で警察庁長官賞を受けた経験が、指針になった。

 あるひき逃げ事件では、犯人が家に住んでいるとの先入観を捨てた。日々の衣食住と密接に関連する施設をしらみつぶしに回り、逮捕につなげた。「被害者、遺族の無念を晴らせるのは第一線の捜査員だけ」。その思いを胸に積極性と慎重さ、スピード感を併せ持つ捜査を信条にしてきた。

 時代の変遷も感じる。「現場を這(は)いずっても、今は車体の質が向上して資料の採取がうまく行かないことも。一方で、防犯カメラの普及が捜査手法に大きな変化をもたらした」。悪質な運転を罰する法整備が進み、自動運転時代が現実味を帯びる。交通捜査に求められる役割は一層、重みを増すとみる。

 今後は、経験を生かして運転免許更新時の講習を担当する。「1件でも悲惨な事故を減らせるように」。警察官でなくともできることはある、と意欲的だ

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