リンカーンに学ぶ「災害食」訓練 誰のための訓練? 何のための訓練?

2人が1組となって災害食を作る様子

2014年に広島市で起こった土砂災害の後、私はボランティアとして現地(安佐南区、八木)にいました。そこで耳にした話は異様なものでした。豪雨により、急な坂道を上り詰めたところの裏山で、突然、土石流が発生したというのです。土地の人がポロッと私に話し掛けてきました。

「私たちがこれまで行っていた防災訓練は、火事を消すための消防訓練でした。こんな土石流が襲うなんて予想もしなかった」

家が丸ごと流された空き地で、しゃがみこんでひたすら祈る家族の姿を見たとき、本気で涙しました。いったいこの地では、防災訓練は「誰が、どこで、どのように」計画し、行っていたのでしょうか。

いつも思うことですが、訓練の内容を決めるのはその土地に暮らす住民自身のはずですが、そうなっていない。消防署がリーダーシップを取っている場合が多いように思います。今回は、神戸市須磨区の神戸市立横尾小学校で行われた防災訓練中に食べた昼食の話をしましょう。

 

小学生の、小学生による、小学生のための災害食作り

その防災訓練は、とても本気度の高いものでした。須磨消防署の熱心な署員2人と学校が、1年かけて計画を立ててきました(それに私も少々意見を述べて)。災害食を使った訓練も行われましたが、筋書きはこうです。

「大規模災害(地震と火災)が発生しました。避難所(今回は学校)に避難しましたがライフラインが止まり、交通が混乱し、救援物資は届きません。学校に備蓄されているのはアルファ化米(白米)と野菜ジュース(紙パック入り)とポテトツナサラダの缶詰の3品です。さあ、昼食をどうしましょう」

学校の備蓄品・3食品

小学生は各教室で2人組になり、アルファ化米に野菜ジュースを入れてご飯にします。今から約150年前のリンカーンの言葉「人民の、人民による、人民のための政治」を彷彿(ほうふつ)とさせる、まさに「小学生の、小学生による、小学生のための災害食作り」の挑戦でした。ガス、水道、電気には全く頼らない、本気度100%の挑戦です。低学年の教室では担任の先生が丁寧にアルファ化米をご飯にする手順を説明していました。1人が袋の口を開けて指で押さえ、もう1人が室温のジュースをこぼさないように、ゆっくり、ゆっくり注ぎます。しっかりかき混ぜたらチャックを閉めます。2人組は選手交代でもう1袋も同じことを繰り返します。各自1袋ずつ。教室に約2時間置いておき、お昼にはこの袋を開けて食べます。カリカリの乾いた米がチキンライス状のご飯になったので、生徒は目を輝かせていました。

おかずは、缶詰のポテトとツナのサラダ、飲み物は水です。アルファ化米と500ミリリットルのペットボトルは神戸市須磨区役所から、野菜ジュースはカゴメ株式会社から、そしてポテトツナサラダ缶はホリカフーズ株式会社からの寄贈でした。感謝です。

 

衛生面、ハラール、アレルギーについても学習

さて、その間に衛生面も学びました。手洗い、テーブルはアルコールで拭き雑菌消毒。ゴミの分別も学びました。残食は家に持ち帰りました。もし水が手元にないときは、お茶、麦茶、紅茶など身近な飲み物でご飯にすることができるということも学びました。

ハラールやアレルギーも学びました。
○小学2年の児童の中にハラール食が必要な子がいました。ハラール食とは、イスラム教を信じる生徒に必要不可欠な食べ物です(豚肉やアルコールなどは食べられないので、それらが含まれない食品)。本日の3つの食品はすべてOKで、こういうことも事前に調べました。 

○卵アレルギー児童が1人いました。「ポテトツナサラダ缶」にはアレルギー物質として、小麦、卵、大豆、鶏肉が含まれていました。そこで、この児童には食べさせないで家に持ち帰るようにしました。

○賞味期限を点検しました。
アルファ化米・保存水(区役所から無償で提供されたもの)の賞味期限を調べた結果、いずれも賞味期限内で問題はなしでした。

○保健所には「臨時営業開始届」を提出し、食べた調理品を検体として校舎内に(後日、食中毒などが出たときの証拠品として)保管しました。

他の学校はどんな自助を生徒にさせているのか気になります。PTAや保護者が温かい豚汁などを料理して生徒に振る舞い、生徒は「おいしかった、やったあ!」などと叫んでいるとしたら「人民による」ものではなく、大人が児童の主役を奪う悪例で、おせっかい。リンカーンの精神に寄り添ったことにはなりません。おいしくなくてもいいから自分で作らせ、挑戦させることが望まれます。

 

訓練に参加したのは、全校生徒344人、学校関係(先生とPTA役員)34人、保護者と地域住民424人、ふれあいまちづくり協議会・防災コニュニティ役員20人、区役所5人、中学生のボランティア23人の計850人です。小学校の校庭、体育館、各教室をフル活用しました。すべての人が同じ災害食を1人1食分、自分で作って食べました。

食べた後の感想を書いてもらいました。次のような成果が得られました。
○自分で作ることができて自信がついた。自助の大切さと備蓄の必要性を学びました。

○野菜ジュースでアルファ化米を戻したので、健康的なことや応用する楽しさを味わいました。

○児童と地域、保護者が一丸となって自分の役割を果たし、本気で災害に立ち向かうことができました。これで災害を迎え撃つ心構えができ、町の安全と安心が期待できそうです。

児童は一連の訓練に興味を示し、熱心に取り組みました。約95%が「ためになった」と評価し、次回の訓練を楽しみにしているという。みんな熱心でした。「あなた作る人、わたし食べる人」という図式はなく、リンカーンの名言に逆らう人は誰もいませんでした。

熱心党の神戸市須磨消防署 消防防災課板宿出張所 岡井健策氏、山平祐寿氏からは多くの連携と資料をいただき、感謝申し上げます。

(了)

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