家庭でも高級果物を 「アンデスメロン」

アンデスメロン

 緑色の果肉を持つメロンとして高いシェアと知名度を誇る「アンデスメロン」。1977年に種苗大手サカタのタネ(横浜市都筑区)が発表した品種だ。網目状の模様が付いたメロンの代表格として知られるようになったのは、贅沢(ぜいたく)品のメロンを家庭の食卓で楽しんでもらいたいという、関係者による長年の研究とブランド構築の成果によるものだった。

 戦後長らく、日本人にとってメロンといえば「桐箱(きりばこ)に入り、入院のお見舞いに持っていく高級フルーツ」だった。

 マスクメロンに代表されるアールス系といわれるメロンはトマトのように株を支柱に沿わせ空中で育てる。1株に一つしか結実せず、ガラス温室で慎重に栽培されるためコストが高くなるという。

 そこで同社では、スイカのように地這(じば)い栽培が可能で、一つの株から複数の果実ができる「プリンスメロン」を61年に発表。コスト低減と安定した収量が見込める上、味も良く爆発的なヒットとなった。

 この時同社では、プリンスメロンのブランドを確立させるため、当時としては画期的な「生産者の囲い込み」を行っている。栽培者名簿を作成し、指導を行うことで品質を安定させることに成功した。

 「多くの消費者にとって手の届く価格を実現し、“みんなのメロン”の市場を作ることができた」と話すのは同社広報宣伝部の清水俊英さん。「八百屋さんに並ぶプリンスメロンを覚えている50代以上の方も多いのでは」

 だがプリンスメロンの表面には高級メロンの代名詞とも言える網目状の模様がなかった。網目付きのメロンを作ろうとさまざまな品種を掛け合わせ、生み出されたのが「アンデスメロン」だった。

 発表されると、栽培のしやすさ、おいしさから高い評価を受け、市場を席巻。プリンスメロンと同じように生産者を把握し、付加価値の高いブランドを育成することに成功した。安定した収穫が見込め、価格も手頃で味も安定していることから売れた。

 農家は「作って安心」。流通は「売って安心」。消費者は「買って安心」。

 アンデスメロンは三つの「安心ですメロン」から命名された。「メロンは種など芯の部分を取り除くので、“しん”を取ってアンデスメロン。南米のアンデス山脈とは関係ありません」(清水さん)

 90年代には70%ほどのシェアを獲得、現在でも1位を維持する人気のメロンとなった。「メロンは嗜好品(しこうひん)だからこそ、一度買ったものがおいしくなければ消費者は離れてしまう」と清水さん。「味に敏感な日本人の食卓にメロンがのるようになったのは、弊社の品種があったから」と自負する。

 その後も同社は新たなメロン作りの挑戦を続ける。

 2012年には家庭菜園向けに丈夫で作りやすい、小ぶりのメロン「ころたん」を発売。また、シェアが低い赤い果肉のメロン市場にも挑戦するため、15年にはアンデスメロンの知名度を生かした「赤いアンデス」を発表している。

 いま、果物全体の消費が減少する中、メロンの流通量も減っている。清水さんは、「新しい食べ方の提案など、市場全体の盛り上げにも貢献していければ」と展望を語った。

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 県内に本社を置く企業は10万社超。市場を変えるような国民的なヒット商品を生み出した企業も少なくない。消費者から支持を受け続けるヒット商品やサービスの裏側を探る。 =随時掲載

◆アンデスメロン

 ウリ科キュウリ属。サカタのタネが1977年に発表し、緑肉メロンの定番品種となった。主力産地は熊本、茨城、山形県。価格は時季や店舗によって異なるが、おおむね1個千円以下で販売されている。

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