ノートルダム大聖堂火災を受けて 重要文化財の消防設備や消防戦術における財産保護について

(出典:El Paris / https://elpais.com)

約400名の消防士が徹夜で消火

フランス・パリを象徴する歴史的建造物、ノートルダム大聖堂で起きた火災は現地時間の4月15日夕方ごろに発生。歴史的な建造物を訪れていた観光客ら数千人が避難を余儀なくされ、激しく燃える屋根の上に立っていた尖塔を炎が包み、やがて、キリストが十字架を背負って倒れるかのようにゆっくりと倒壊し、パリ上空に悲しみの煙を上げた。

この火災で、約400名のパリの消防士達が迅速に駆けつけ、9時間以上かけて徹夜の消火作業にあたった。

Incendie Notre Dame de Paris avec les pompiers de paris(出典:YouTube)

パリ市消防局と警察本部の合同捜査当局は、火災を鎮火した翌16日早朝、現場検証を開始した。内務省によると、建物は火災の影響により、木造の屋根は大部分が焼失し、残っている部分も炭化するなど、部分的に崩落する危険もあり、火災原因調査の過程で2次災害が起こらないよう、関係者に注意を促している。

パリのアンヌ・イダルゴ市長によると、修復作業がどの程度の経済的規模になるのか見極めるだけでも、数カ月はかかる可能性があると各方面の専門家は指摘しているが、現時点では、日本円にして約1000億円という見積もりが多く報道されている。

また、鎮火後の建物の石造部分の全体的な構造は安定しているが、周囲600メートルの石面表裏のすすを除去する作業が必要だと判断された。また、アーチ形の天井は堂内に崩れ落ち、屋根には大きな穴が空いたことで雨が降り込むことから、現場検証中も大がかりな防水対策が必要なことが明確になった。

レミー・ハイツ検察官は16日、現時点において事件性はなかったものと思われるとの見解を示し、「事故だったと思われる」とコメントしている。

乾燥していた屋根の木材

パリ消防局によると、出火原因は不明だが「木でできた鐘楼の骨組みに火が到達していれば、屋根を支え合う柱が連鎖的に力を失い、崩落が起こる可能性があり、大聖堂全体が失われていた可能性がある」と記者発表した。

フランス国内の歴史建造物を研究している専門家の話によると、大屋根を支えていた、約1300本の屋根材について、「800年以上前から設置されていた木材で非常に乾燥していた。季節的に湿気もなく、何らかの火源で火災が発生すると大火になる」と述べて、極めて燃えやすい状態だったという見解を示した。

大聖堂は主に屋根部分の大規模改修工事のため、教会建物や尖塔の周りに縦約30メートル×横約120メートルの大がかりな足場が築かれており、火災発生を通報した工事関係者の情報などから、出火元は屋根裏だった可能性が高いとコメントしている。

1.サルベージ隊による「財産の保護」活動
ノートルダム大聖堂の火災発生時、パリ市消防局消防指令センターは、先着隊の消防士たちと現場出動中の各隊に観光客の避難誘導と火災延焼防御警戒線の設定、消防活動(放水圧力、放水量、破壊など)上における文化財損傷への注意など、国宝級の歴史的財産の保護を呼びかけた。

サルベージ隊の消防士たちは、屋根材などが次々に焼け落ちてくる炎上中の現場から、国宝級の貴重な芸術品などを運び出して焼失を防いだ。また、建物外部には、財産用のトリアージエリアが準備され、複数の学芸員やカトリック神父などが仕分け作業を行って損傷状態を評価し、タグ付けされた後ルーブル美術館に搬送され、保管されることになった。

奇跡的に十字架にかけられたイエス・キリストが着けていたものとされる「いばらの冠」も無事だったことは、カトリック信者の多い、パリの消防士たちも悲しみの中から希望の光が見えたとコメントしている。

パリ市内では16日夜、大勢の市民や世界各国から訪れている観光客らが集まって祈りをささげ、希望を意味する讃美歌を斉唱した。また、マクロン大統領は16日夜のテレビ演説で、「ノートルダム大聖堂を再建して一層美しくする。5年以内に完成させたい」と力説したが、歴史的建造物の修復に詳しい建築関係者は10年はかかる見通しだとインタビューで述べていた。

2.歴史的建造物の消防活動の困難な課題
パリ市消防局を代表して、現場で大隊長として指揮を執った、フィリップ・ディメイ氏が、ノートルダム大聖堂における下記の様々な体験を今後の歴史的建造物の消防活動の課題として話している。

・何よりも聖堂内の数千もの絵画や石像、ステンドガラスや彫刻などの歴史的な財産を失わないように、放水対象物ごとに放水圧や消火方法を変えさせたり、絵画などは放水圧と水損を必要以上に与えないよう、広範囲な場所で同時に放水活動を行っている。数百名の隊員たちへ周知するのに苦労した。

・建物外部に持ち出せる財産はサルベージシートを部屋ごとに分けて、可能な限り、どこに何があったか分かるよう慎重に持ち出し、また石像など重量物で落下物による損傷が予想されるものは、複数の消防士で安全な場所へ移動した。

・火災発生時、ノートルダム大聖堂の礼拝場部分といくつかの部屋付近、建物周囲には観光客がいたようだが、警備員と関係者の避難誘導により、迅速に建物全体に落下物や飛散物を予測した範囲に火災警戒区域を設定していた。しかし観光客によっては誘導に従わず、またはフランス語や英語を理解しておらず、スマホで撮影したり、火災を背景に記念写真を撮影したりと混乱した状態であった。

・大聖堂は改修中で、屋根の大部分は改修作業用の足場で覆われていたが、過去にも改修中の歴史建造物でさまざまな人的事故や火災が起こっていることから、管内の消防士へ注意喚起を行っていたが、まさか、本当に起こるとは思ってもみなかった。

・火災急性期時、屋根部分が激しく炎上しており、次々と燃えた状態の屋根材などが落ちてきて、聖堂内の木製の椅子や床などありとあらゆる可燃物に猛スピードで延焼していった。

・地上から尖塔まで高さ90メートル、屋根材まで80メートル近くあったため、40メートル級のはしご車を数台で、風向きを利用し、届く範囲の放水を実施。通常の放水手段では届かず、120メートルの高圧放水が可能なロボットを使った。

・建物内も隣接建物も輻射熱が激しく、屋内進入して複数の火点に直接放水するような火災防御は極めて困難な状態であったため、放水圧とノズルを選択して、延焼が予想される場所への冷却放水を行った。

・建物周囲の水利が限られていて、複数の分岐を使用したことから、放水統制を行うのが困難だった。

・建物の部分によっては、新しく改修された壁の断熱材からなるサンドイッチパネルと屋根で構成された箇所は、耐火壁として適切に構築されているようだったが、どのように耐火区画されているのか? の判断が非常に困難だった。

・歴史的建造物の耐火区画は耐煙区画ではないことが多いことを再認識した。

・さらに屋根部分の火災の燃焼エネルギーが激しく、焼け落ちてきた屋根材が、石の壁や孤立した壁など、高温の炎と冷たい可燃性ガスによる火が次々と隔壁を越えて延焼拡大していた。古い建物は壁越しに仕切られていても隙間が多いため、隣接する区画の壁および屋根への延焼もチェックする必要がある。

・仕切り壁が耐火であったとしても、耐煙ではないため、耐火壁の割れ目やつなぎ目、また建物内のあらゆる種類のシャフトやダクト効果を果たしている部分を通って、可燃性ガスや煙が広がっていた。

下記のYouTubeのリンクで、フランスで放映されたノートルダム大聖堂の火災における消防活動全体についての振り返り、実際に消火活動した消防士たちの火災防御活動体験談や困難な状況に対する工夫を見ることができる。

https://www.youtube.com/results?search_query=notre-dame+de+paris+pompier

3.今後の世界遺産や重要文化財を守るための消防計画について
パリ市消防局では、今までにパリ市内の世界遺産の建物に対する消防計画(消防設備、火災防御、避難誘導、関係者の教育など)を作成してきたが、一度火災が発生すると今回のノートルダム大聖堂の修復費用のように、日本円にして1000億円の取り戻すことができない貴重な財産を失うことになることを再認識し、他の歴史的建造物における消防計画を再調査すること、また、改修工事中においても消防設備を常に機能できる状態に保つか、代替え消火設備を配備し、電気系統の火災予防はもちろん、たばこによる失火や防水シートなどの防炎などについても条例化を検討し、工事関係者や関係者にも教育していく計画を立てている。

今回、ノートルダム大聖堂の火災を受けて、各国における「歴史的建造物の火災予防と火災防御について」のマニュアルなどを調べてみたところ、イギリスの歴史保存協会が作成した内容が、かなり具体的で、日本の文化財を守る上でのさまざまな知恵を学ぶことができることを知った。

■Fire Safety for Traditional Church Buildings of Small and Medium Size
https://historicengland.org.uk/images-books/publications/fire-safety-for-traditional-church-buildings/fire-safety-traditional-church-buildings/

日本の文化財においても、芸術品を守るための外観を邪魔しない火災予防システム、また、火災が発生したときの消防設備の放水圧力や消火範囲、消火システムの仕組み、煙が発生したときの排煙システムや煙の流動装置を見直し、さらには、耐火壁・耐煙壁・耐水壁と排水設備も考える必要があるかもしれない。

特に過去の火災にもあったように、大規模改修中など、大勢の労働者などの工事関係者が入る時間帯と毎日の工事終了後は、たばこの不始末や電気工具の充電、工事配線作業後の通電状況など、ポイントを絞って火災予防を行ったり、さまざまな工事段階に応じた消防設備を常に使える状態にしておくことが重要になってくる。

また、重要文化財や世界遺産などの対象物は建物の消火だけではなく、消防のサルベージ隊(財産を守る隊)による、芸術的内容物の文化財の価値に応じた財産的なトリアージや絵画、ついたて、巻物、仏像などの運び出し想定訓練、現場におけるタグ付けと保護、盗難防止、搬送中の2次的損傷防止なども今後、検討する必要がある。

今回、数々のノートルダム大聖堂の火災映像を細かく見た中で感動したのは、活動を終え、または交代に向かう消防士たちに、沿道の観光客や住民たちが消防士に対する敬意と感謝、そして労いを表す拍手が惜しみなく送られているシーンである。

Incendie de Notre-Dame de Paris : les pompiers applaudis(出典:YouTube)

また、下記にいくつか参考になった、各国の重要文化財や世界遺産に対する詳細な管理計画の内容は、文化財の価値や構造、建物の目的や来客数、直近の公共交通機関や河川などの自然災害リスクなど、すべての影響を網羅した質の高いマニュアルである。

■Fire Risk Heritage
http://www.fireriskheritage.net

■2016 California Historical Building Code - California Office of Historic
http://ohp.parks.ca.gov/pages/1074/files/2016%20CA%20CHBC.pdf

■Flooding and Historic Buildings
https://historicengland.org.uk/images-books/publications/flooding-and-historic-buildings-2ednrev/heag017-flooding-and-historic-buildings/

ここまで、重要な人類の遺産に対する本気で守り続ける仕組みと実働体制の保持と向上は、日本も見習う必要があるのではないかと深く感じた。

重要文化財の火災防御や消防設備の見直し、消防活動全体について、講演希望の方は下記から、ご連絡ください。

(了)


一般社団法人 日本防災教育訓練センター
https://irescue.jp
info@irescue.jp

 

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