湘南・商人物語 藤沢でパン作り1世紀 地産小麦で恩返し

「地元の湘南藤沢小麦を使ったパンを是非味わってほしい」と語る齋藤伸一さん=藤沢市高倉のパン屋「ロワール光月堂 本店」

 約1世紀にわたって、藤沢市内でパン作りを続けている会社がある。1926(昭和元)年に創業した「長後製パン」(同市高倉)。同社は戦後、藤沢の小学校給食にパンを供給し始め、現在では市内唯一となる。

 数年前から藤沢産の「湘南藤沢小麦」を使用したパンの製造に力を入れる3代目社長の齋藤伸一さん(57)は「物を売るだけじゃなくて、何か地元に恩返しができればと思ったんです」とほほ笑む。

 もともとは「光月堂製菓舗」という和菓子店だったが、祖父光晴さんが近所の乾物店から小麦粉を仕入れ、パン作りを始めた。戦後の48年には有限会社「長後製パン」を設立。米国寄贈の小麦粉による完全給食が小学校で始まると、給食へのパン供給が本格化し、会社も大きく成長した。

 伸一さんが誕生した61年にはケーキ作りもスタート。「クリスマスの時期は3日間、家族総出でケーキ作り。大変だったけれど楽しかった。祖父やおやじたちに代わってパンを作るのは自然の流れでした」

 大学卒業後、都内のパン店などでの修業を経て、28歳のとき長後製パンの社員となった。最初に取り組んだのは「ご飯に代わるパン作り」。伸一さんはレストランやホテルを回り、それぞれの料理に合ったパンを生み出していったという。

 原料の小麦にもこだわるようになったのは、10年ほど前からだ。きっかけは、小学校での出前授業だった。「知っているパン屋さんは?」と聞くと、子どもたちは大手の会社名を口にした。「地元でパンを作り続けているのに、みんな知らない。悔しくてね」と伸一さん。だが、考えてみると製造場所以外に「藤沢ゆかり」と言えるものがなかった。「原材料のほとんどは輸入品。これでは無理ないな、と」

 調べてみると、かつて藤沢市内でも小麦を育てていたことが分かった。市内の農家でつくる「さがみ地粉の会」に相談したところ、栽培が決まった。

 県内で栽培実績のないパン用の「ユメシホウ」という品種は遊休農地を活用して栽培。製粉工程にもこだわった。表皮や胚芽を取り除かず昔ながらの石臼で丸ごと粉砕し、食物繊維やミネラルが豊富な全粒粉を完成させた。2010年に初めて、この小麦を使用したパンを藤沢特別メニューとして提供。以来毎年、子どもたちの食卓に並ぶ。

 藤沢で生まれ育った伸一さんは、野山を駆けまわり、川でザリガニ釣りを楽しんだ思い出がある。

 「今でも藤沢には山も緑もあるが、人手不足などで農地が消えつつある。地元で小麦作りを続けることで、農地や豊かな自然を次の世代に残していきたい」

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