【世界から】異文化理解は幼いころから 豪が教えてくれるもの

特別授業のゲストスピーカーとして招かれたタクさんはジンバブエ出身。10代でオーストラリアに来た自身の経験を児童とシェアする

 「アメリカでは僕は外国人ですから」―。

 米大リーグを引退したイチロー元選手が今年3月の記者会見で口にした言葉だ。

 記者から「孤独を感じながらプレーをしている」と以前語っていたことに関連して質問されたイチロー元選手。「現在、それは全くない」と否定した上で冒頭の言葉を続けた。この発言に対し、現在あるいは過去に海外に在住して「外国人になった」経験を持つ日本人や日本で暮らす外国人に共感が広がったのは、次のような言葉を継いだからだろう。

 「外国人になったことで人の心をおもんぱかったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分があらわれたんですよね」

 「孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと今は思います」

 本人にそういうつもりはなかったかもしれない。しかし、日本が外国人労働者の受け入れ拡大を決め、広く門戸を開こうとしている時に、海外で努力を重ねて成功を収めたイチロー元選手が送ったメッセージの意味は大きい。立場が変われば、自分もあなたも「外国人」なのですよ、とやんわり示唆したからだ。

▼進む国際人口移動

 外務省の「海外在留邦人数調査統計」2018年版によると、海外に長期滞在あるいは永住する日本人は17年10月1日現在約135万人で、過去最高となっている。この数字は、3カ月以上滞在する場合に届出が義務付けられている「在留届」を基礎資料としたもの。提出していない人も相当数いることを考慮すれば、実際にはもっと多くの日本人が海外で暮らしているはずだ。滞在先国のベスト3は、米国(全体の約32%)、中国(同9%)、オーストラリア(同7%)の順になっている。

 一方、事業主に義務付けられている「外国人雇用状況の届出」をもとに厚生労働者が公表する日本国内の外国人労働者数は、同年10月末時点で約128万人、18年10月末時点で約146万人。法務省による在留外国人統計によると、永住や留学、技能実習等の在留資格を持つ外国人は18年12月末時点で273万人を超え、やはり過去最高になっている。「同質社会」とされてきた日本にも、いよいよグローバル化の波が押し寄せてきたと実感している人は少なくないだろう。

 自国で外国人を迎える側にも、異文化理解力が求められているのは、世界的な潮流だ。

多様なバックグランドを持つオーストラリアの子どもたちの違いや共通点、友情を描いた絵本「Multicultural Me」の1ページ(C)Taku Scrutton

▼共感と尊重、責任を

 オーストラリアでは近年教育改革を進め、児童・生徒を対象とした全国共通のグローバル教育カリキュラム「オーストラリアン・カリキュラム」を導入し、その中に「異文化理解(Intercultural Understanding)」を組み込んだ。誰もが身に付けるべき基本的な能力のひとつとして、幼少期からの教育を通じて育むことを目指しているというわけだ。

 「オーストラリアン・カリキュラム」は、「学習領域」「汎用(はんよう)的能力」「領域横断的な優先事項」の三要素で構成されている。学習領域のカテゴリーに入るのは、「英語」「算数・数学」「科学」といった伝統的な学校教育の教科。汎用的能力は円滑に学習を進めることを助ける基本のツールになると共に、21世紀を生きるために不可欠な知識、スキル、行動・態度や気質を網羅し、教科の枠を超えて育成を目指すものとされている。異文化理解はこの中に含まれており、読み書き計算能力を含む「リテラシー」や「ニュメラシー」と同列の位置付けにあるのが興味深い。汎用的能力としては、ほかに「情報通信技術(ICT)技能」「批判的・創造的思考力」「個人的・社会的能力」「倫理的理解」が設定されている。

 「オーストラリアン・カリュキュラム」における異文化理解は、児童・生徒が自身の文化、言葉や信条だけでなく、他者のそれらを大切にすることを学びながら深めていくもの。多様な文化の共通性と差異を認識したり、他者とつながりを築き、互いに尊重しあえるようになることを目指して、学校内外でさまざまな文化を感受し、関心を深めることや、他者と交流することをサポートし、意図的かつ継続的に進める方向性が示されている。

 異文化理解の体験を通して育まれるさまざまな気質の中で最も重要なものとして挙げられているのが次の三つだ。

(1)共感を表すこと

(2)尊重を行動で示すこと

(3)責任を持つこと

 言うは易く行うは難し…である。

▼彼らは私たちだ

 ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は、クライストチャーチのモスク(イスラム教礼拝所)で起きた銃乱射事件の後、犠牲者の多くはニュージーランドを自分たちの家に選んだ移民だと言及した上で、「彼らは私たちなのです(They are us.)」と社会的結束を呼び掛けた。その短い言葉には、まさにオーストラリアの小中学生が身に付けようとしている共感、尊重、責任が内包されている。

 この4月新たな扉を開いた日本では、子どもたちが異なる価値観や常識と向き合う準備をどのように進めていくのだろうか? 異国で暮らすことは、イチロー元選手ほどの人でも一筋縄ではいかない。ましてや……と想像することができたなら、地域社会の外国人へのまなざしも変わるのかもしれない。(シドニー在住ジャーナリスト南田登喜子=共同通信特約)

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