「家族の介護考えて」 実在事件基に大人向けの絵本を作成

倉澤さん

 実際にあった介護殺人事件を基にした大人向けの絵本が今春、出版された。題材にしたのは、介護殺人が注目されるきっかけの一つとなった13年前のある事件。作成には県内で活動する専門家も協力し、身近な人に介護が必要となったとき、どうするかを問い掛ける内容だ。専門家は「事件は防ぐことができた。多くの人に家族の介護を自分のこととして考えてもらいたい」と話している。

 作品はフィクションながら、京都市伏見区で2006年、認知症の母親=当時(86)=を介護疲れと生活苦から50代の長男が殺害した事件を基にしている。実際の事件では、介護のために仕事を辞めた長男が、生活保護の受給を社会福祉事務所に相談したが、「頑張って働いてください」と言われて受給できなかった。事件の判決ではこうした経緯について、裁判長が「介護保険や生活保護行政の在り方も問われている」と言及し、介護問題が注目されるきっかけの一つとなった。

 この事件に着想を得て、フリーのライターやイラストレーターが、専門の知識がない人でも手に取りやすい絵本を作成。県内や東京都内を中心に介護離職防止コンサルタントとして活動する倉澤篤史さん(50)も協力し、作中の表現を助言したほか、巻末に弁護士らとともに具体的な対処法を寄せた。

 協力を買って出たのは、京都の事件を「特別なケースではない」と感じているからだ。

 これまで横浜市内でホームヘルパーやケアマネジャーとして働いてきた倉澤さん。殺人事件にまで発展しなくとも適切な支援を受けずに介護を頑張りすぎた結果、経済的に困窮するといった家族を見てきた。

 老後の親の面倒は子どもが見るのが当たり前、子どもが介護をした方が親も喜ぶだろう…。「こうした風潮や考えから、家族は家庭内で問題を抱え込みがち」。作品の巻末では介護サービスの利用など、事態が深刻化する前に積極的な支援の活用を呼び掛けている。

 倉澤さんは「京都の事件が起きた当時に比べれば、介護が社会問題として認知されるようにはなったが、多くの人が自分のことに落とし込めてまでは考えられていない」と指摘。「介護が必要な状況は人生の中で誰もが訪れるもの。重く捉えすぎずに、多くの人に考えてもらいたい」と話している。

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 作品は「さいごの散歩道」(文・長嶺超輝、絵・夜久かおり)。A5判80ページ。1500円(税別)。問い合わせは、雷鳥社電話03(5303)9766。

◆介護殺人 警察庁の統計によると、2017年に全国で「介護・看病疲れ」が犯行の動機や原因となった殺人事件は31件。このほか、傷害事件は22件(このうち傷害致死が2件)発生している。17年までの過去10年間では、殺人事件は計408件に上っている。法務省の報告では、詳しい動機は「将来を悲観」「激情・憤怒」「生活困窮」などが多かった。

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