熊本地震被災地で「咲き織」が結ぶ“縁” 古布に復興重ね

咲き織順子さん

 発生から3年を迎え、仮設住宅から終(つい)のすみかへの移行期に入っている熊本地震の被災地で、古布を裂いて衣類などに再生させる横浜発の「咲き織」が人々を結ぼうとしている。旗を振るのは、震度7の激震に2度見舞われた熊本県益城町で自宅を失った吉村静代さん(69)。生活再建の過程で離れ離れになっていく仮設の被災者をつなぎ続ける場に咲き織作りが最適と考え、横浜の指導者に学んだ。それぞれの思い出が詰まった古布を二つとない作品によみがえらせる工程に、復興を重ね合わせている。

 関連死を含め270人以上が犠牲になった熊本地震は、最初の震度7から14日で3年。避難所生活を経て益城町最大のテクノ仮設団地(516戸)に移った吉村さんは、NPO法人の代表として入居者の交流やコミュニティーの再生に取り組む傍ら、咲き織の教室をJR保土ケ谷駅近くのアトリエで開く咲き織順子さん(71)からノウハウを学んでいる。

 きっかけは、教室の生徒と横浜のデパートで毎年開く作品展で恒例となったタペストリーのチャリティー販売。60万円ほどの収益を以前はフィリピンの村や東日本大震災の被災地に届けてきたが、2016年からは熊本地震の支援に充てることにし、知人を介して紹介された吉村さんとの交流が始まった。

 「支援は、仮設の子どもたちやお年寄りが体を動かせる広場の整備、運動会やお祭りなどに活用させてもらった。本当に有り難かった」と吉村さん。東京や横浜に出向いた際に支援のお礼を伝えようとアトリエに立ち寄り、色とりどりの咲き織の世界に魅せられた。

 「これなら仮設でも取り組める。被災して汚れてしまった衣類も生かせるはず」

 水にぬらすなどして丁寧に細く裂いた古い着物やブラウスなどを小さな卓上の織機で糸と織り上げ、ベストやマフラー、ジャケットなどに仕上げる。

 洋服のデザインを手掛けてきた咲き織さんの技術を吸収しようと200人弱の生徒が通うアトリエに、吉村さんは仮設の仲間と5人で昨年6月と8月、それぞれ2泊3日で訪ねた。指導者として地元に広めるためで、「本来なら1年かけて教えてもらう内容を6日間で学ばせてもらった」という。

 11月には咲き織さんが益城町に出向き、仮設での体験教室を指導。熱心に取り組む被災者の姿に胸を打たれ、「古布を再生し、それぞれの思いも一緒に織り込んでいく作業は復興に重なる」と、新たな支援の形に手応えを感じた。

 益城町によると、町内18カ所に計1562戸建設された仮設団地には、今年3月末現在で862戸(1977人)が入居。復興が進んだことで空き室が増え、入居率は55.2%にとどまる。

 一方、住まいの再建が困難な世帯向けに計画された災害公営住宅は1年後に全て完成の見込みだ。仮設で生活する被災者は災害住宅に移るか、自力で家を建て直すかを選択し、別々の道を歩むことになる。

 「仮設を出た後も、咲き織があればみんなで集まって一緒に作業できる。将来的にはコミュニティービジネスのような形に発展させたい」と吉村さん。咲き織さんも「生きがいづくりに役立つというのは、私もわくわくする。この出会いを大切にしていきたい」と今後の展開に期待を寄せる。

 互いの人柄にも引かれ合う2人は今夏以降にも相互に訪問し合い、咲き織を通じた交流をさらに深める。

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