そんなにうまくいくがはずがない。期待を抱きつつもそう感じた人の方が多かったのではないか。
“平成最初の選抜で優勝し、平成最後の選抜でも優勝する”―。東邦(愛知)のドラマのような筋書きが今春の選抜高校野球大会で実現した。
平成最初の大会でチームを率いたのは名将として知られる阪口慶三前監督。「鬼の阪口」と言われるほどの厳しい指導で選手たちを徹底的に鍛え上げて頂点に立った。
そして今回、チームを導いたのが、30年前はコーチとして優勝に立ち会った同校OBの森田泰弘監督。阪口前監督の教え子でもあり、高校時代は主将として夏の甲子園で準優勝を経験した。
春5度目の制覇は、並んでいた同じ愛知の中京大中京を上回り、優勝回数で単独トップとなった。
強さの秘密は古き良き伝統を受け継ぎつつも、チームに新しい風も取り入れていることにある。
愛知県東郷町にある野球部のグラウンド。大会前に筆者が訪れると、ウオーミングアップ中にもかかわらず選手たちは動きを止めて元気よくあいさつしてくれた。
思わず、こちらも身が引き締まる。突如、グラウンドに若者に人気のグループ「E―girls」の曲が流れ始めた。選手は音楽に合わせてエアロビクスで体を温める。
1934年に甲子園大会に初出場した伝統校だけにより新鮮に感じた。
はやりの人工知能(AI)も取り入れている。相手投手の配球パターンが設定できるAI搭載の打撃マシンを導入しており、実戦さながらの練習が可能だ。
選抜大会期間中もコーチが車で甲子園球場近くの練習場まで運び、優勝に一役買った。
東邦にとって大きな試練だったのが、冬場に監督が不在だったこと。昨年11月末から1月上旬まで森田監督が腎移植のため入院した。
選抜大会前の冬は走り込みやトレーニングで体をつくりつつ、技術の向上も欠かせない大事な時期となる。その中で監督の姿がグラウンドにないのは、優勝を目指すチームにとって痛手と言える。
それでも退院後に森田監督がグラウンドに行くと、大きく成長した選手たちの姿があった。
「ちゃんとやっていたなと思いました。いつも、人は変わるのに100日かかると言うんです。なかなか(不在にした)40日では変わらないですが、こんなにバットを振る力がついたのかと。松井(涼太)にしても、吉納(翼)にしても」と目を細めた。
松井は初戦で貴重な勝ち越し打を放ち、吉納は準決勝で先制スリーラン、決勝でも適時三塁打を打った。
30年の月日をつなぐ偉業への挑戦は、想像を超える期待や重圧との戦いでもあっただろう。それでも大会期間中の選手たちの雰囲気はぴりぴりしていていたというよりも、むしろ明るかった。
準決勝前日の練習では、野球部の卒業生でもある志水和史コーチが「準決勝前とは思えません。OBの方が来ても私たちは背筋が伸びるが、選手たちは気にしていない」と苦笑いするほどだった。
目標は“平成最後の甲子園で優勝し、令和最初の甲子園でも優勝する”ことに変わった。
センバツ終了後、早くも夏に目を向ける選手たちの姿を見て、東邦ならやってのけるのでは、と思えてきた。
令和で最初の優勝を春夏連覇の偉業で―。再び「TOHO」のユニホームが躍動する日を期待したい。
原嶋 優(はらしま・ゆう)プロフィル
2017年共同通信入社。千葉支局での県警担当を経て、18年5月から本社運動部。同年12月に名古屋支社運動部へ異動し、野球や大相撲などを取材。大阪府出身。