ハリケーン・ハービーの現地調査報告会 防ぎきれない災害からでも立ち直れる防災体制へ

会場には200人近くが集まり、都市型洪水への関心の高さを感じさせた

2017年に米国テキサス州に上陸し、100人以上の犠牲者を出したハリケーン「ハービー」の現地調査報告会が5月8日、関西大学東京センター(東京都千代田区)で開催され、企業の防災担当者や防災専門家ら200人近くが参加した。主催は、国土交通省、内閣府、 関西大学社会安全学部で、国際危機管理学会(TIEMS)日本支部が共催した。

ハービーは2017年にメキシコ湾で発生したカテゴリー4のハリケーンで、同年8月25日に米国テキサス州に上陸し、沿岸部で 降り始めから1200ミリを上回る大雨をもたらすなど米本土最大の勢力となり、全米4位の人口を有するヒューストン市では、死者107人、避難者が約4.3万人に上るなど甚大な被害が発生した。被害総額は約1900億ドル(約21兆円)で2005年のハリケーン「カトリーナ」の約 1250億ドルを上回る。一方で、テキサス州では、過去の災害教訓を生かし堤防の整備や避難体制の整備などを進め、こうした防災・減災の取り組みが壊滅的な被害を防いだとも言われている。昨年2018年、国交省や内閣府が中心となり、防災研究者とともに調査団を結成し、3月と5月の2回に分け、現地調査を実施した。今回の報告会では、現地調査に当たった10人の専門家から、都市型水害に対する課題や、ハリケーン・ハービーの対応から日本が教訓とすべき点などが報告された。

報告会では、冒頭、国交省水管理国土保全局河川計画課国際室長の松木洋忠氏が被災地であるヒューストンの成り立ちや調査活動の概要について説明し、続いて、調査団長を務めた関西大学社会安全研究センター長/特別任命教授の河田惠昭氏が「教訓から学ぶ~River ControlからRiver Managementへ」と題して発表した。

ハービーの教訓について語る河田氏

河田氏は、2017年のハリケーン・ハービーの被害と2018年の西日本豪雨による被害を比較した上で、「もしハリケーン・ハービーと同じ被害が東京で起きれば被害額は75兆2000億円、被災世帯は56万1000世帯に上ることが推定される。日本では地震だけが大きな被害を引き起こすと考えられているが大きな間違い。都心の大手町でも同じように危ないということが全く考えられていない」と指摘した。

一方で、ハービーのように防ぎようがない大災害が生じても、最重要なものだけは守り切るといった新たな防災の必要性を強調。その例として、「全米最大の医療機関であるテキサスメディカルセンターでは、2001年の暴風雨アリソンにより、地下施設などで甚大な被害を受けたが、それを機に500年に1度の確率の大雨でも被災しない施設を整備し、それが今回功を奏し、地下施設も水没しなかった」と語った。河田氏によると、テキサスでは、1900年に、海岸都市ガルベストンが高潮により壊滅的な被害を受けた歴史があり、それを機に、海岸防災にはかなり力を入れてきたが、今回の内地で大雨をもたらした被害に対してはコントロール不能に陥った。「コントロール不能な災害に対してはマネジメントをしなくてはいけない。そのためにも、どこがやられたらどうするのか、どこだけはしっかり守るべきなのかということをしっかり決めておく必要がある」とした。

同じく調査団長を務めた前 国土交通省国土技術政策総合研究所所長の藤田光一氏は、ハリケーン・ハービーの対応から学べる教訓として大きく7つの視点を挙げた。1つは、危機事態対応を担う公的機関の役割分担が明確であること。2つ目は、危機事象への耐性を強める方策が拡充していること。3つ目は危機事態に対応する者の拡大・対応が進化していること。4つ目が避難・回避行動が有効に機能していること。5つ目が、的確な行動を誘起させることに照準を定め、情報の生成や伝達、使用方法を向上させていること、6つ目が、危機事態対応のやり方に関する知恵・ノウハウが共有されていること。最後の7つ目が危機事象にさらされる場における構成員の能動的な取り組みを促す環境整備がされていることだ。藤田氏は「これらの教訓を生かすためには全体的なプロセスを常に意識し、総合的な視点で施策を推進していくとともに、一つ一つの施策の効果と限界までを見込んで連携の深化を考えていくことが重要と考えている」と語った。

「未曾有の経験はどうしても被害を大きくする」と語る林氏

報告会ではこの他、専門的な視点からの発表として、国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長で国際危機管理学会日本支部代表の林春男氏、京都大学経営管理大学院客員教授の関克己氏、東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授の池内幸司氏、新潟大学危機管理本部危機管理室教授の田村圭子氏、国交省水管理国土保全局河川計画課河川計画調整室長の森本輝氏、国交省国土技術政策総合研究所河川研究部水害研究室長の板垣修氏、内閣府 政策統括官(防災担当)付参事官(調査・企画担当)付風水害対策調整官の菅良一氏がそれぞれ演台に立った。

林氏は、「テキサスではハリケーンによる暴風と高潮対策に力を入れていたが、ハービーはほとんど風が吹かず、とにかく大量の雨をもたらす未曾有の経験となった。未曾有の経験はどうしても、被害を大きくするが、そういう未曽有の被害からいかに立ち直るか、今改めてレジリエンスを真剣に考える取り組みをしている」とし、現地の専門家の活動を紹介。ヒューストンから学ぶべき点として、「百年の計」を考慮した総合的に対応する姿勢、「対処療法」ではなく根本的な治療を目指すことを挙げた。

田村氏は、ハリケーン・ハービーの対応では、組織間の相互連携がうまくいったことを紹介。その理由として「アメリカでは災害対応がインシデント・コマンド・システム(ICS)と呼ばれる仕組みにより標準化されたことが大きい」とした。また、ヒューストンでは、複数の組織が共同で作業できるジョイント・フィールド・オフィスを整備し、その中で、各組織が地図や表を使って活動をしていたことを具体的に紹介した。

パネルディスカッションでは、新潟大学の田村氏と国交省河川計画課の松木氏がモデレーターとなり、登壇者や聴講者の日本の防災体制に対する本音を探った。

河田氏は「とてつもない大きな災害が起きようとしているように、日本はいつまでたっても中小規模の災害に備えるようなことをしている。アメリカはハービーほどの大災害が起きて大都市が被災してもそれほど死者が出ていないのに西日本豪雨では200人以上も死んでしまった。防災に関してはまだまだ後進国ということを認識しなくてはいけない」と切り出した。これに関連して、国内で何度も同じ被害が繰り返されていることについて数人の発表者から「根本的な原因が見直されていない」との意見が上がった。東京大学の池内氏は「個人的な立場ではあるが、日本は災害があると責任追及ばかりがされ、アフター・アクション・レポートが作成されていないことが問題だ」と強調した。

(了)

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