【縁ありて山口】 No.2「川久保 賢隆さん」

▲「あいお荘」からの夕日は最高

 父の転勤で北海道に生まれ、子ども時代は関東地方を中心に5、6回転校しました。30代で義父が創業した会社を手伝うために転職し、山口市に移住。かつて中市町にあった「鳥惣」でよく食べた若鳥の丸揚げは思い出深い味です。

 現在、山口市内には3校の大学があり、多くの若者がいます。若者と高齢者が一緒に取り組める仕事や行事をもっと増やし、世代間の距離が縮まれば、大きな力が生まれると思います。そのほか、市内の「駅」が情報集積・発信の場としてもっと機能すれば、さらに発展の余地があると期待しています。

【プロフィル】1948年北海道生まれの71歳。青山学院大卒業後、秩父セメント(現太平洋セメント)入社。片岡計測器サービス(朝田)創業者である義父の誘いを受けて1979年、転職・移住した。現在、同社代表取締役会長。

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