笹子トンネル事故犠牲者の遺作 旅先の写真「生きた証し」

笹子トンネルの事故で亡くなった上田達さんが残した作品を紹介する母の敦子さん =東京都港区

 中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板崩落事故で亡くなった会社員上田達(わたる)さん=当時(27)=が残した写真の展示会「ぼくらの名前を呼んでください」が、東京都港区で開かれている。主催したのは、達さんの母敦子さん(63)=横浜市金沢区。異国の景色を豊かな感性で切り取った作品は、事故が奪ったものや社会への問いを静かに伝えている。

 ビル内の回廊に設けられた会場に並ぶのは、写真が趣味だった達さんが旅先のカンボジア、ネパール、チベット、モロッコで撮影した31点。国はばらばらでも、何げない日常や動物、子どもたちに向けられた優しいまなざしは共通だ。

 事故は2012年12月に起きた。横浜で育った達さんはワゴン車での旅行の帰り道、同乗していた同世代の仲間とともに命を奪われた。日本の大動脈にあるトンネルの天井が突然崩落した事故は、インフラの老朽化対策が注目される契機となるなど、社会に多くの教訓を残した。

 敦子さんは事故後、達さんの生きた証しを残そうと、作品を収めた写真集を出版。今回は「明るく、開放的な場所で見てほしい」と初めて展示会を企画した。

 会場では事故の説明は最小限にとどめている。できるだけ「アマチュアの写真青年が旅した作品」として鑑賞してもらいたいからだ。それでも、作品に流れる豊かな時間と事故との落差に思いを巡らせた来場者が、用意されたノートに感想をつづる。

 「充実した人生を感じた」、「豊かな才能を持ち、これからどんなに活躍したか」…。ノートは開始から2週間ほどで10ページ以上が文字で埋まり、ボートの船首に座る少年の後ろ姿を切り取った一枚に、新たな旅路にいる達さんの姿と重なった、というものも。敦子さんは「(事故の犠牲者だと)たまたま気付いた人が、何かを感じてもらえたらうれしい」とほほ笑む。

 入場無料。30日までで平日午前9時~午後7時、土日は午前10時~午後6時、港区東新橋1丁目の共同通信社本社ビル汐留メディアタワー3階ギャラリーウオーク。

 ◆笹子トンネル事故 2012年12月2日午前8時ごろ、山梨県の中央自動車道上り線笹子トンネルで、天井板が138メートルにわたり崩落。走行中の車3台が下敷きになり、男女9人が死亡、3人が重軽傷を負った。国土交通省の専門家委員会は13年6月、設計や施工不良、点検体制など複合的要因があったとの最終報告書を公表した。山梨県警は17年11月、業務上過失致死傷容疑で中日本高速道路の当時の社長ら8人を書類送検。甲府地検が全員不起訴とし、一部の遺族が甲府検察審査会に審査を申し立てている。

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