
この数カ月、訃報が相次いだ。
落胆する間もなく、悲報は連鎖するのだろうか。
5月早々、父が亡くなった。
それも人生。これも人生。
しかし、あれこれ重なると「こころ」が折れそうになる。
鋼のこころ、ゴムまりのように弾むこころが欲しいと思ったり……。
そんな時はアレにかぎる。
映画だ。

丸の内TOEIで、噂の『多十郎殉愛記』(中島貞夫監督の新作)を鑑賞。
以下、わたしの映画鑑賞メモ(抜粋)
「冒頭のクレジット〝伊藤大輔監督の霊に捧ぐ〟から前のめり。夜の闇に光る刀剣。長屋路地の光と陰。竹林のチャンバラ。高良健吾の足さばき、アップ。大人の女を魅せる多部未華子。彼女の演技は、高良健吾のオトコをアゲた。銀幕からほとばしる魅力。エンドロールの助監督に熊切和雄。大阪芸術大学の師弟関係。感じる中島貞夫からの継承」
先月、とある場所で高良健吾を目撃した。
「沖縄国際映画祭」控え室にいた時、突然、わたしの視線を釘付けにした男がいた。
それが、高良健吾だった。
彼とは『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010年・大森立嗣監督)で、ワンシーンだけ共演したことがある。
松田翔太と並び、一瞬しかない若さが漲っていた。そして現在、まさに東映映画スターのオーラを放っていた高良健吾の佇まいに、遠くから見入ってしまったのだ。
彼がここにいるということは、もしかして中島貞夫監督も近くにいらっしゃるのでは? 興奮気味にあたりを見渡すと、三つ隣のテーブルに監督がいらっしゃった。
わたしの目線はカメラのように、高良健吾から素早くパンして、中島貞夫監督へとフォーカス。
「美しすぎる、この距離感!」
わたしはひとりで盛り上がっていた。こんな素晴らしいショットを見られるのも映画祭ならでは。
しかも『沖縄やくざ戦争』の〝中島貞夫in沖縄〟という貴重なショット。
スマホのカメラではなく、わたしの肉眼を通して脳に収まったミラクルショットだった。

銀座を歩くと、映画館に通う昔の自分の姿があれこれ浮かんでくる。
ふと、父と二人で見に来た映画のことを思い出した。
その映画とは、『野性の証明』(1978年・佐藤純彌監督)である。
ヒロインの役名が「よりこ」だったそのオーディションに、ふと惹かれて書類を送ったことがあった。後日、忘れた頃に落選の知らせと「NEVER GIVE UP」と書かれたTシャツが小包で送られてきた。
見慣れぬ小包をすぐに見つけ、刑事のように事情聴取する父。
さらに、日比谷の映画館へわたしを連行した。
上映中、なぜか終始恥ずかしくて直視できず、あとはよく覚えていない。
そんな忘れていた記憶を重ねながら銀座を歩くと、まるで父の葬列に参加しているような錯覚に陥った。
それにしても、昔の記憶がどんどん消えてゆくではないか。
〝記憶についての映画〟を見に、銀座シネスイッチへ。
ジャン・リュック・ゴダール監督の新作『イメージの本』(上映中)。
場内は薄暗く、映画の予告編が始まっていて、すでに着席しているひとの前を丁重に詫びながら自席へ進んでいく。
その間、聞き覚えのある音楽がスクリーンから流れてきた。
席についた途端「ドレミファのサントラだね」と隣でワクワクしている夫。
『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(1985年・黒沢清監督)の平山教授(伊丹十三)のゼミの場面で流れていた曲、「アルルの女」のファランドールだった。
実は、この曲のタイトルがなかなか思い出せず唸っていたのだが、突然ひらめいた。
きっかけは、『イメージの本』に登場する印象的なベカシーヌの顔だった。
ベカシーヌとは、100年以上前からあるフランスの国民的漫画で、ブルターニュの田舎からパリのブルジョワに仕えるお手伝いさんの女性のことだ。
この映画には、とても80歳代の老人が撮ったとは思えない強さがあった。
以下、わたしの鑑賞メモ書き(抜粋)
「リア王、アンダルシアの犬、ブレヒトの引用。踊りすぎて倒れる仮面男に振り向く女の顔。印象的なベカシーヌの顔。音、映像にまみれ、ゴダールの怒号が耳に残る。キワとか、境界にあたしも存在しているという実感。自分と他者、過去と今が乖離できない憐れみ。老いによる〝憐憫〟。しかし、ゴダールは強い。何にせよイメージとアーカイブ、スクリーンからみなぎる圧倒的強さに敬服。まさに、あたしにとっての滋養」
次に見たのは、ジャン・ユスターシュ監督の『ママと娼婦』(1973年)。
白黒作品で、上映時間は3時間半を超える。
以前見たことはあるが、今回も画面に映し出される全てに魅了され言葉を失う。
5月革命の後、ジャン・ピエール・レオ演じる1970年代初頭のパリの若者の生々しさ。
まるで自分がそこに、当時のパリに閉じ込められたような気分になる。
印象的なのは、ママのような存在の年上女の家に転がり込んでいる男がカフェで知り合った若い女を連れ込み、部屋でフレエルのシャンソンのレコードを聞く場面。
「要塞は消えたけど、歌は生き続ける」
その歌声に合わせて、口笛を吹きながら口ずさむジャン・ピエール・レオ。
わたしの中で、なぜか強烈な懐かしさがよみがえり、映画と思い出のキワに突き出され、涙した。
シャンソンといえば、エディット・ピアフの「パリの恋人たち」にも歌われた美しい5月。新年号とやらにも塗り変わり、気分はますます落ち込む中、アーツ千代田3331で開催中の「シド・ミード展」へ。

シド・ミードは、映画『ブレードランナー』(1982年 リドリー・スコット監督)で、近未来のコンセプトアートを手掛けた言わずもがなの巨匠。
アメリカの工業デザイナーから映画の世界へ入ったシド・ミード。
彼のデザインは、「未来のリハーサル」とも言われている。
原画を見たのは今回が初めてだったが、もう圧倒されまくり。
あの「線」の美しさ。独特な線によって、ちょっと懐かしいような見たこともない未来感が醸し出されていた。
新しい過去から懐かしい未来。空想する力。
オリンピックも万博もシド・ミードだったらいいのに、とすら思った。
フォード社のデザインスタジオにいた頃の車のデザイン。
一体どうやったら、あんなに素晴らしい線で未来を描けるというのだろう。
今にも動き出しそうな線で描かれた原画のそれぞれに、ため息をもらす。

シド・ミードは、日本と結構ゆかりがある。
懐かしのパソコン「ヒットビット」のCMや、魔法瓶のデザイン、六本木のディスコ「トゥーリア」の内装も手掛けたこともふと思い出したが、兵役で沖縄の嘉手納基地にいたこともあるそうだ。
今回の原画展では、ARアプリをダウンロードする楽しい仕掛けもある。売店で購入できる図録も素晴らしい。
しかも、個人所有などの版権ものと、ショルダーオブオリオン関連以外は、ほとんどの原画の撮影がOKという太っ腹。
黒い服を着て行くと原画撮影する際の反射対策できるとか。
でも、この目で実際じっくり観察したり、ミードの描く未来のラインにうっとりしながら記憶に刻むことが、一番こころに滋養ある原画展だった。
会期は6月2日まで延長されたようなので、この機会にシド・ミードの描く未来を覗いてみてはいかがだろうか。
最後に、現在上映中の『ニューヨーク公共図書館エクス・リブリス』(フレデリック・ワイズマン監督)も紹介しておきたい。
3時間25分という長尺だが、少しも長く感じさせないのはワイズマン監督ゆえか。
世界中の図書館の中で最も憧れられているというニューヨーク公共図書館(NYPL)の舞台裏をみせるドキュメンタリーだ。

幼い頃、わたしの逃げ場は図書館だった。
よれたテープで『ぼくの伯父さん』(1958年 ジャック・タチ監督)のテーマソングを流しながらやってくる移動図書館だったり、都電の払い下げで作られた電車図書館だった。
そこに集まるひとびと。バスの窓から伸びる日よけ。都電の床のオイルの匂い。
乗り物の中に並ぶ本たち。真冬のだるまストーブの炎のゆらゆら。
開いた絵本に挟まった菓子くず。
誰かが本の中の「愛」という字を鉛筆で囲った丸。
ゴム紐のついた麦わら帽に武蔵野の赤土にまみれたズックを履いた少女のわたしをどぎまぎさせた昼下がり。
図書館の情景や、本の間に見え隠れするドラマに、自分だけの秘密を持ったような気分でときめいたものだった。
ワイズマンの本作への、わたしの感想メモ(抜粋)
「知は大事。みるみる細胞が活性化された200分。ニューヨーク公共図書館にカメラを向け、映像と音を届けてくれたワイズマン。まるでそこに自分が紛れているみたいに考察し、頷き、笑い、堪能した。しっかり行政と対峙している様子も、すべてが刺激的。図書館って人なんだな。人が学び集うところ。目覚めて日常の怠慢うっ屈が吹き飛ぶ」
幼い頃、うっ屈とした気持ちを抱えるわたしを受け止めてくれた図書館。
そこで開いた本や目に映る情景、感じたものはわたしの記憶に残り、わたしの血や肉となっている。こころより感謝したい。
5月に見た映画や絵にちょっとずつ勇気づけられたわたし。
そろそろ梅雨入りしたまちもあるだろうが、雨の映画館や美術館もまたよい。
雨もまた趣あり。
全てを洗い流してくれる程度ならば。(女優・洞口依子)