【世界から】厳粛なだけじゃない ラマダンの実態とは

パキスタンで21日、ラマダン初日の日の入り後、食事を共にする家族(AP=共同)

 日本時間の5月6日。イスラム教徒にとって1年のうちで最も神聖とされる一カ月が始まった。ラマダン(断食月)だ。一年のうち最も神聖とされるこの月に、イスラム教徒は日の出から日没まで断食をするよう義務付けられている。

▼「宣言」を受けて開始

 ラマダンとはイスラム暦における月の呼び名で、「断食」という意味ではない。日本で5月を「皐月(さつき)」、6月を「水無月(みなづき)」ということと同様、イスラム教社会で広く用いられているイスラム暦第9月の異名で、中東などでは新聞の日付欄に併記されている。とはいえ、ほとんどが異教徒である私たち日本人にとって、イスラム暦の呼び名の中でなじみがあるのは正直なところ、このラマダンだけと言って良い。

 イスラム暦は太陰暦なので太陽暦とは毎年11日ほどのずれがある。このため、断食を課せられる月の始まりは毎年早まることになる。さらに、どの日が断食の日となるかは当日まで分からない。というのも、サウジアラビアで行われる裸眼での新月観測をもってして「新しい月」の始まりを宣言するからだ。科学が発達し、ラマダンの始まりを算出することなど容易な現代でも、この方法は変更されていない。そして、このサウジアラビアでの発表を受ける形で、周辺のイスラム教国家もラマダンの始まりと終わりを決定している。各国の学者が事前に日程を予測する場合にも「おそらくこの日でしょう」として、決して断言はしない。

ラマダン中の伝統的な装飾品のランプ「ファヌース」を売る女性=カイロ(共同)

▼各国で異なる

 ラマダンの日中、イスラム教徒は飲食や喫煙を絶たなければならないが、異教徒への強制は無い。たとえば、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイにある職場にいる私が自分のデスクでお茶を飲み、ランチ休憩を取っても問題はないのだ。公共の場での飲食などは禁止だが、私的な空間では周囲にいる断食中の人に敬意を払うよう心がければよいとされている。

 とはいえ、断食中の人が同席している場で、わいわいと弁当を広げたり菓子類を配ったりしないのは常識。一方、街にある飲食店は日中閉店していることが多い。店が開いていたとしても一般的に店内での飲食はできずテークアウトのみとなる。ファストフードチェーンなどのドライブスルーで食品を購入することは可能だが、外から見える車内での飲食はご法度だ。街全体が独特な雰囲気に包まれる中で感じるのは、「飲食の制限」というよりも「断食中の人への配慮」。イスラム教国の中でも異教徒や外国人の比率が圧倒的に高いドバイでは、イスラム教を第一にしながらも異教徒への対応は思いのほか柔軟だ。

 人口の1割弱がキリスト教徒のヨルダンは、街中で自由にアルコールを購入出来る、中東でも珍しい国だ。しかし、ここでもラマダン中は酒類の販売が停止される。筆者はクリスマスがラマダンと重なった年にヨルダンを訪れたことがある。その際、一緒にいた誰もがノンアルコールでのクリスマスディナーを覚悟していたが、外国人の私たちにレストランが出してくれたのは驚くことに「コーヒーカップ入りのワイン」だった。外から飲み物が見えないように配慮し、クリスマスを祝いたい外国人の気持ちにも応える。宗教が共存し、互いを尊重するヨルダンらしい知恵がコーヒーカップのワインに現れていた。

ラマダンの期間でも、日没後にはこんな素敵なレストランで豪華な食事を取ることができる(C)Dubai Corporation of Tourisim & Commerce Marketing

 ただし、これはあくまでも例外。超保守派のイスラム教国サウジアラビアでは、言うまでもなくこうした寛容な対応はありえない。

 断食をする日中は、唾も飲み込まないという人や、口紅などをうっかりなめてしまってはいけないからと化粧を控える女性もいる。こうした線引きは自身で決めるのだが、ラマダンはうわさやうそ、悪口、罵詈などを口にすることも許されない。「腹を立てて悪い言葉を使ってしまった。だから自分の断食はもう意味がない」とラマダン半ばで断食をやめた同僚がいた。心安らかに過ごし、信仰心を高めることが重要とされているこの期間、これを守れなかったとして二十歳そこそこの若者が自らを律する姿は、気の毒だが印象的だった。

▼経済活動

 イスラム教徒の生活が制約されるラマダン中も、世界経済は待ったなしだ。例えば、ドバイの企業は欧州やアフリカを始めとする周辺地域のハブ機能を担っているため、のんびり一カ月を過ごすわけにはいかない。

 しかし、現実は政府の通達により勤務時間の削減(今年は2時間)が義務付けられているため、午後の早い時間に終業する企業がほとんど。すると、時差のある地域の企業との取引に支障が出てしまう。加えて、国際会議などもラマダンの時期はまず開催されない。このようにさまざまな影響があるため、経済はどうしても停滞してしまう。

「断食破り」の食事は旅人も一緒に囲むのがアラビアのホスピタリティ(C)Dubai Corporation of Tourisim & Commerce Marketing

 一方、国内経済はそこまで影響を受けない。なぜなら、市民の活動はその日の断食が終了する日没後、一気に活気づくからだ。家族や友人と囲む、いわゆる「断食破り」の食事は祝宴さながらで、1カ月間に消費する肉の量は1年間で最も多くなるほど。また、空腹を満たした多くの人が夜の街へ繰り出すため、ショッピングモールは深夜まで営業時間を延長するほか、ナイト・フリーマーケットや、夜通し過ごすラウンジなども設置される。生演奏などは禁止されているが、静かな伝統音楽は良しとされており、この時期ならではの特別な雰囲気を味わえる。

 日本で生活する中では、あまり意識することがないイスラムの行事。とはいえ世界のボーダーレス化が進み、外国人の受け入れにも力を入られ始めた日本で、ラマダンと共存する日がいつか来るかもしれない。(伊勢本ゆかり=共同通信特約)

アラブ首長国連邦のドバイで、ラマダン(断食月)中のイスラム教徒が日没後に許される食事「イフタール」の準備をする人。(ゲッティ=共同)

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