再び猛威を振るい始めた結核-2 薬が効かない薬剤耐性結核菌が出現

結核のイメージ(写真:Shutterstock)

感染から発病には1年半ぐらいかかる 

結核菌はほとんどが呼吸器に感染します。一般には、気管に侵入したごく少量の結核菌が肺にまで達し、肺胞といわれる呼吸の舞台となる組織で増殖を始めることにより感染が成立します。
結核菌に感染してから発病するまでには長くて1年半ぐらいかかります。
多くの場合、感染して発病に至る過程で細胞が免疫力をつけ結核菌の再感染に対する抵抗性を獲得します。一方、病変部(つまり結核菌が定着して病的な変化が起きた部分)で増殖した結核菌の一部は死滅せずに長い休眠状態に入り、ほとんど増殖しない状況が数年〜数十年続きます。

しかし、感染した結核菌の病原性が強かった場合や細胞性免疫の成立が不十分であった場合、結核菌は肺以外の臓器に拡散して増殖し、さまざまな臓器での結核を引き起こすことがあります。また、大量の結核菌が増殖して体外に排出されるような事態になることも起き得ます。この場合、患者から排出される咳の飛沫、痰には結核菌が含まれ大変危険です。この時期の結核は一次結核と呼ばれます。
結核菌保有者が、高齢化などにより免疫力が低下し、結核菌が冬眠状態から目覚め、再び増殖して発症することがあります(二次結核または成人結核)。エイズウイルス感染などにより免疫不全に陥った場合や結核菌の大量に暴露された場合にも起きます。
 

咳が出始めたら感染拡大の恐れ

結核の症状は、全身倦怠感、発熱、体重減少、寝汗などが一般的なものですが、どれも結核だけで起こるものではありません。肺結核になっても、初期には咳や痰の排出はなく、接触した人に結核菌を感染させる心配はありません。発見が遅れて咳が出始めると、結核菌の排出が始まり、周囲の人たちへの感染の恐れが出てきます。日本国内の結核患者の約半数はこの状態で診断されています。
糖尿病、悪性腫瘍、塵肺、エイズウイルス感染により治療を受けている人、人工透析を受けている人、免疫抑制療法を受けている人、胃切除直後の人は、結核菌感染を受けると発病しやすいことが分かっています。

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感染者の10%が発病

結核菌の感染は必ずしも発病を意味するものではありません。感染者の約10%が発病するといわれています。ツベルクリン反応陽性などの場合も結核菌に感染していると判定されますが、胸部X 線写真の異常、痰に含まれる排菌が検出されたときに初めて結核と診断され、治療の対象となります。

結核菌は抵抗性が強くしぶとい菌

結核菌の治療薬は長い間開発できていませんでした。結核の治療は、自然治癒力を助長し、それを妨害するものを防ぐ方法が最良と考えられ、自然への接触、安静、栄養療法が主な柱となっていました。
1944年にワックスマンが発見した抗生物質ストレプトマイシンが、結核菌に対して劇的な効果を示し、特効薬として世界中で広く使われるようになり、治療方法が一変しました。ストレプトマイシンの発見に続きパラアミノサリチル酸、イソニアジド、ピラジナミドなどの薬剤が次々に開発され、結核の治療は「化学療法」で行うことが確立したのです。以後も次々と結核菌に効果のある薬剤が開発され、「抗結核薬」として広く認められているものは10種類を超えています。現在、抗結核薬は、抗菌力が強く初回治療に標準的に用いるべき一次抗結核薬と、抗菌力が劣るが一次抗結核薬が使用できない場合に用いる二次抗結核薬に分けられて使用されています。

結核菌は、他の多くの細菌に比べ、外界の環境や生体内における抵抗性が強いしぶとい菌です。これは菌体に脂肪成分が多いためと考えられています。結核と診断された場合、かなりの長期間、確実な投薬により治療する必要があります。中途半端な治療は、再発を招きます。
 

薬剤耐性結核菌の出現および拡散

現在、結核の化学療法に、大変やっかいな問題が起きています。それは、薬剤に抵抗性を獲得した薬剤耐性結核菌、特に複数の薬剤に耐性を示す多剤耐性結核菌の出現です。これは、世界中で起きており、現在、単独で効果を示す抗菌剤は存在せず、同時に2種類以上の薬剤を使うのが鉄則になっています。最新の治療はリファンピシン、ヒドラジドという2種類を軸に最初4剤、続いて2~3剤を合計6カ月使う、というものです。
 薬剤耐性結核菌をこれ以上生じさせないためには、効果の認められている薬剤を正しく服用することが何より大切です。世界中に薬剤耐性結核菌による結核がまん延していますが、新しい抗結核菌薬剤は10年以上開発されていません。従って、薬剤耐性菌に感染すると、治療にはかなりの困難が伴うのが現実です。患者・医師の緊密な連携プレーが大変重要です。
 

予防 ―結核ワクチンとしてのBCG―

20世紀初頭、パスツール研究所のAlbert CalmetteとCamille Guérinが、強い病原性を示す牛型結核菌を、13年間、根気よく人工培地で培養を繰り返し続け、病原性を大幅に弱めた画期的な結核菌を作り出すことに成功しました。1921年以降、この結核菌は、生ワクチンとして結核の予防に用いられるようになりました。このワクチンは Bacille de Calmette et Guérin と名付けられ、そのイニシャルをとって、BCGと呼ばれるようになり、現在まで世界中で使われ続けています。

BCGを人に接種した場合、結核を起こさず感染が成立し、結核菌に対する感染防御能だけを与えることができます。BCGの免疫持続期間は長く、10〜15年間は強い感染防御効果を示すと考えられています。
BCGは、日本では生後1歳まで(通常5〜8カ月の間)に接種することになっています。乳幼児の結核の予防、重症化予防の効果は高いのですが(80%程度)、二次結核に対する効果は、調査によりばらつきが大きいため(平均50%程度)、BCGワクチン接種プログラムは国により異なっています。

結核の撲滅のために

国内
結核菌感染→発病→結核菌感染→という結核菌の連鎖的な拡散が世界中で起きています。これを断ち切ることが結核撲滅の基礎です。そのために次のような活動が国内で行われています。
1. 新生児へのBCG接種を励行し、結核菌に対する抵抗性を持たせる。
2.結核菌感染者(子ども、若年層)に、抗結核菌薬剤を服用させ発病を防ぐ。
3.早期発見のための健康診断を行って、早期に治療する。
4.診断された発病者を有効な化学療法で治療して感染源を断ち切る。できるだけ早く健康な生活に復帰させる。
5.その他、結核罹患者や家族への様々な指導、結核罹患者の登録制度の確立、結核流行監視(サ-ベイランス)、各種結核対策従事者の訓練なども結核対策として実施する。

国外
開発途上国を中心に結核が大発生しており、各国はその対策に追われています。 現在の治療は、短期化学療法が本流ですが、抗結核薬の服用を中断する事例があまりに多く壁に直面しています。薬剤の服用中断は、結核が完治しないどころか薬剤耐性菌を生み出す原因となり、治療に大きな障害を引き起こしています。薬剤耐性菌は世界中に分布しており、結核患者数が減少しない最も大きな要因となっています(図)。

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WHOの結核対策本部では「薬を患者には手渡さないで、毎日外来に通ってもらい、職員の目の前で飲ませる」方式を打ち出し、これをDOTS(直接監視下短期化学療法:Directly Observed Treatment, Short course)として、結核の標準的な治療方式としました。 これが次第に普及して大きな成果を挙げています。

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結核多発国を含む国外からの人たちを迎えるに当たって

前回触れましたが、今後、結核多発国から青年層を中心とした多くの人たちが日本に来て、国内各地の企業などに就労して長期間生活するケースが非常に多くなることが予想されます。これらの人たちと国内のいろいろな場所で接触する機会が増えることも予想され、来日する人、迎えて共に業務に携わる人などあらゆる場所で関係する全ての人たちが、結核による被害を受けることなく健康な状態で共に活動することが何より重要です。

そのためには、国外から来る人たちが健康であることがまず重要です。さらに、日本国内での就労期間中、公私において無用なストレスが生じないような多方面での細かい配慮、定期的な健康診断などが不可欠です。発病した場合の診療体制も整えておくことが肝要です。
また、国外から来た人たちと直接接触する国内側の人たちの健康維持も大変重要です。結核防疫の面から、ツベルクリン反応などの定期的な実施、陰性の場合のBCG接種は必須になるでしょう。

筆者が子どもであった昭和20〜30年代は、当時の大人の多くの割合が結核菌に感染していたため(多くは不顕性感染でしたが)、一度BCG接種を受けておけば結核菌に対する終生免疫が成立すると言われていました。その年代の人たちの多くは他界し、結核菌感染経験のない大人たちが大部分である世代に移行しています。従って、日本国内で生活する限り、通常では、結核菌に感染する機会はかなり少なくなっていると考えられます。

現在、BCGを一度接種すれば終生免疫が成立する時代ではなくなっています。BCG接種後の有効期間は10〜15年であることを考慮するならば、成人においても、ツベルクリン反応などの定期的な実施、陰性の場合のBCG接種が必須になっているのではないでしょうか。

次回は、結核菌以外の抗酸菌症について解説する予定です。

(了)

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