レイプされたのに、犯人が「同意していると思った」と勘違いしていたので無罪―。福岡地裁久留米支部は3月12日、テキーラを飲まされて酩酊状態だった女性に対する準強姦罪に問われた男性に無罪判決を言い渡した(検察側は控訴)。
性的虐待の父親を無罪とした名古屋地裁岡崎支部判決のほかにも、一般的には理解しがたい判決がある。なぜ、こうした判決が続くのか。検証していくと、問題は刑法の規定に行き着く。
▽無神経で拒否に気づかなかったから無罪?
福岡地裁久留米支部の判決は、女性が抵抗できない状態だったことを認定した一方で、女性の態度を見た男性が「女性が同意していると誤信した」と判断した。つまり、男性の勘違いだったから無罪、と裁判官は判断した。
同じようなケースは他にもある。ゴルフの男性指導者が教え子の女性に対する準強姦罪に問われた裁判は一、二審で無罪になり、最高裁で確定した。
この裁判のうち、2014年の二審福岡高裁宮崎支部判決は、信頼していた指導者から裏切られ、精神的にとても混乱し、拒否できない状態だったことを認定した。その一方でこんな判断を下している。
「この男性が女性の心理や性犯罪被害者を含むいわゆる弱者の心理を理解する共感性に乏しく、無神経の部類に入ることがうかがわれる。女性が拒否できないことを、男性が認識していたとはいえない」。
要するに、男性が無神経で女性が拒否できない状況だと気づいていない、だから罪に問えないというのだ。性暴力に詳しい角田由紀子弁護士は「男が無神経だから無罪というのは、あり得ない」と指摘する。
▽命がけで抵抗しないと罪が成立しない?
被害者や識者らは、こうした判決が続く原因として、刑法の「暴行・脅迫」や「抗拒不能」を挙げる。
強制性交罪では、加害者が被害者の抵抗を著しく困難にするほどの、「暴行・脅迫」がなければ強姦罪が成立しない。準強制性交罪の成立は、被害者の心身の喪失、もしくは、抵抗が著しく困難な状態である「抗拒不能」に乗じて性交したことが要件となる。
裁判では、この要件が成立するかどうかが争われる。このため、被害者がどの程度抵抗したかが焦点になり、「抵抗できたのにしていない」「抵抗が不十分」と判断されると、無罪となってしまう。
「凍りつき(フリーズ)」と言われる状態がある。恐怖やショックのために声も出ず、体が硬直してしまうことを指す。体の大きな人に目の前に立ちはだかられただけでも、知らない人に「おい」と声を掛けられただけでも、人によってはフリーズすることがある。
法律は、フリーズして抵抗できなかったとしても、要件を満たさないから罪が成立しないというのだろうか。今の刑法は「命がけで抵抗を試みろ。できなければ罪には問えないよ」と言っているかのようだ。
▽要件撤廃、法務省の検討会でも議論に
実は、この要件は2017年の刑法改正に先立つ法務省の検討会でも議論になった。
議事録によると、識者の1人は、性犯罪だけに厳しい要件が課される理由をこう指摘した。「強姦されそうになったら、必死で抵抗して、貞操を守ろうとするだろう、守るべきだ、抵抗すべきだというような考え方が根底にあると思う」。
しかし、明白な暴行や脅迫がなくとも、フリーズしたり精神的に大きく混乱していたりする場合、抵抗は難しいというのが現実だ。
結局、検討会では委員の多くが要件の撤廃や緩和に反対した。刑法改正によって強姦罪は強制性交罪に変更されたが、要件は残ったままだ。
性暴力問題に詳しい村田智子(ともこ)弁護士は「推定無罪の原則から、同意の有無を判断するために暴行・脅迫要件が必要との声があるが、現状の高いハードルでは、被害者を萎縮させている可能性がある」と指摘する。そして「被害者は報復を恐れる。訴えても加害者が処罰されないなら、ますます被害が埋もれてしまう」と危機感を募らせる。実際、泣き寝入りする被害者は多い。それは、内閣府のデータにも現れている。
▽No means No! 同意ない性交は犯罪
性暴力問題に詳しい寺町東子弁護士は昨夏、「Spring」メンバーと共に英国へ視察に訪れた。英国の法制度では同意のない性交をレイプと定義。加害者が「同意があった」と主張した場合でも、同意と確信することが合理的でない場合は罪となるという。
英国のほかに、スウェーデン、カナダ、ドイツでも、暴行・脅迫なしに罪が成立する。スウェーデンは、18年の法改正で「自発的に同意していないことについて注意を著しく怠った場合」は過失レイプ罪となった。
寺町弁護士は訴える。「日本では『嫌よ嫌よは好きのうち』とゆがんで捉えがちだ。〝No means No(イヤはイヤだ)〟の考えを社会に浸透させる必要がある。同意のない性交は犯罪とすべきだ」(続く、共同通信社会部=小川美沙)
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