第1回 社内調査と捜査は違う

「捜査」と「社内調査」とはどう違うのでしょうか。電子メールのモニタリングやビデオカメラによる「監視」も社内調査といえるのでしょうか。

1.はじめに

近時、不祥事を防ぐための内部統制を整備する必要性が広く認識され、また、内部通報制度の整備など、不祥事が発生した際の企業の自浄能力強化を図る企業も年々増えています。一部上場会社では、90%以上の会社が既に内部通報制度を完備しているとのアンケート調査結果もあります。しかし、現実に企業不祥事が発生し、内部通報があった場合に、どのような手順で、どのような点に注意して社内調査を進めるべきかについて具体的イメージを持っていない企業は少なくありません。不祥事を認知しても適切に対応できなければ不祥事が未解明のままとなり、企業としてリスクを背負い続けることになります。社内調査が不成功に終われば不正行為者は第2、第3の不祥事を起こすかもしれません。一方で、社内調査の手法を誤れば、従業員のプライバシー侵害として逆に会社が訴えられかねないのです。

このように、内部通報制度が効果的に機能するかどうかは、実は通報後の社内調査の成功・不成功にかかっています。せっかく費用と時間をかけて設置した内部通報制度も、それに続く社内調査がうまくいかなければが絵に描いた餅となります。この連載では、そのような関心から、「社内調査」というものに焦点を当て、内部通報制度を実行化するために、どのように社内調査を進めるべきかについてお話したいと思います。

私は元特捜部検事として多くの企業不祥事の捜査に携わり、また、弁護士登録後も社内調査委員会の委員を務めるなど、多くの企業不祥事の調査実務に携わってきました。これらの経験を基に、不祥事に直面した会社が進めるべき具体的な調査手続や調査活動の詳細を分かりやすく解説します。

2.社内調査とは何か

社内調査とは一体何でしょうか。そもそも企業が警察のように調査などできるのでしょうか。できるとして警察などが行う「捜査」と「社内調査」とはどう違うのでしょうか。また、多くの企業で実施されている電子メールのモニタリングやビデオカメラによる「監視」も社内調査といえるのでしょうか。こうした問題を考えてみます。

企業は組織体であり、組織体はその組織の秩序を維持するための調査権限や懲戒権限を当然持ちます。なぜなら、組織体としての企業のガバナンスを乱すような不正行為があった場合、その不正者を追及し、原因を解明し、不正者に対して懲戒権を行使しなければ、企業はその存在意義をなくしてしまうからです。不正を解明して懲罰を与えてガバナンスを回復する、これは企業の防衛行動であり、そのための秩序維持権限を企業は当然に有します。

警察や検察などの国家機関であれば、法治主義の要請からその権限は、捜査権限を含めて全て法に定められていなければなりません。しかし、企業の社内調査は違います。会社の定款や就業規則などに明文で規定されていなくても、企業であれば当然に有する権限なのです。一方、従業員には服務規程があり、また、誠実に勤務する義務が雇用契約上あるので、企業が社内調査を行う場合、従業員はそれに協力する義務があります。

このように、社内調査権限は、企業の組織体としての行動原理から当然に認められる権限であると同時に、そのような社内調査に対し、従業員はこれに協力する義務があります。ただ、社内調査は、「捜査」と違って、物理的強制力はありません。警察権力であれば、捜索・差押え、逮捕、勾留ができるますが、そういった権限は企業にはありません。もっとも、強制力は一切ないというとわけではありません。文書提出命令、その他服務規程等に基づいたさまざまな命令を企業は従業員に対して発することができます。また、そうした業務命令に反した場合には、譴責等の懲戒処分も可能です。その意味では、法的な強制力は存在するといえます。

一方、社内調査は、企業組織内で何らかの不正行為があったと懸念される場合に、その不正を正し、ガバナンスを回復するために実施されるものなので、「不正の懸念」の存在が前提となります。換言すれば、何ら「不正の懸念」が存在しない場合にまで企業が調査権を行使することはできません。社内調査とは、あくまでも既に発生している不祥事に対して実施される企業行動です。この点、多くの企業で普通に実施されている電子メールのモニタリングやビデオカメラによる監視は、必ずしも「不正の懸念」を前提としたものではなく、何ら不祥事が発生する兆候が見られなくても実施されています。その意味で、これらの活動は、「社内調査」ではありません。この区別が重要です。

3.「監視」と「調査」

それでは、「不正の懸念」を前提としない、そのような電子メールのモニタリングや監視カメラは果たして許されるのでしょうか。その根拠と限界はどこに求められるのかということが問題となります。一昔前と違って、今や会社の文書はほとんどすべてが電子化され、IT環境も整い、電子メールを通じて業務が行われるようになりました。しかも、会社内の執務スペースのレイアウトも変化しています。IT 時代以前にあっては、不正というものは目視、つまり、目で監視できました。ところが、現在の執務スペースは、パーテーションが設けられ、従業員がブース内でPC に向って仕事をするようになって、目視による監視ということが困難になっています。このような会社文書の電子化や執務環境の変化によって、会社内の情報を外部に持ち出すことが簡単となり、クリックひとつで会社の将来を左右するような重要な製品機密や顧客リストが外部へ流されてしまいます。つまり、「不正が発生した後に社内調査するのでは遅すぎる」という危機意識が高まっています。顧客情報の漏えいや企業機密の漏えいなど、情報不祥事にあっては普段の予防、普段の監視が重要です。換言すれば、IT時代以前には、企業の組織防衛のためには事後的な社内調査で十分でしたが、時代の趨勢により、不正が発生する前の段階での秩序維持活動が必要となっているのです。

 

ここに、不正の懸念を前提としない「監視」が許される土壌ができます。しかし、このような企業の監視活動を野放図にするならば、必ず従業員のプライバシー侵害の問題が生じます。それゆえ、その限界を定める必要がありますが、ポイントとなるのが、次に述べる、従業員の協力義務の程度の違いなのです。

 4. 従業員の協力義務

従業員には服務規程があり、また、誠実に勤務する義務が雇用契約上あるので、社内調査に協力する義務がありますが、予防的な監視の場合の調査協力義務と、事後的な調査の場合の調査協力義務には程度の違いがあります。不正が発生したという現実的な危機状況の中では、従業員にもある程度強い調査協力義務を認めても不合理ではありませんが、何ら不正が発生していない段階で、特定の従業員に対し、「監視」されることを受忍するよう求めることはなかなかできません。例えば、何ら不正が発生していないにもかかわらず、ある従業員が将来不正行為を行いそうだとの見込みによって、その者の電子メールだけを継続的にモニタリングすることは許されないでしょう。当然、その従業員は、「なぜ私だけを監視するのか」という抗議をするに違いありません。また、具体的な不祥事が発生していないにもかかわらず、何ら事前告知なしに隠しカメラを休憩スペースに設置することも許されないはずです。休憩スペースを利用する従業員達は、そこが誰にも監視されないプライバシーのあるスペースであると思ったと抗議するに違いありません。

ここで気がつくのが、「監視」における「公平性」と「事前告知」の要件です。現代の情報化時代にあっては、特定の不祥事が発生していなくても従業員を監視し、不祥事発生を予防することは認められてしかるべきです。しかし、公平に、そして事前告知をした上で実施しなければなりません。その意味で、公平でかつ事前告知を受けた上で一定のモニタリングを受けることは、その限度で従業員の協力義務の内容として認めて差し支えないのです。

しかし、それを超えて、不公平に特定の従業員を狙い撃ちした監視は認められず、事前告知のない不意打ちの監視も認められません。この「公平性」と「事前告知」の要件というのは、予防的な「監視」活動に適用される要件であって、不祥事発生を前提とする「社内調査」にあっては、このような要件は無関係です。不祥事発生を前提とする社内調査にあっては、不公平な特定の従業員だけをターゲットにした調査が許されるのです。また、社内調査にあっては、事前告知のない電子メールのモニタリングなどの調査も当然に認められます。不正嫌疑者を調査する場合に、いちいち事前告知をしていたら、証拠破壊されることが目に見えているからです。

 

このように、社内調査とは何かを考えたとき、それは不祥事が既に発生している場合の活動であることを理解し、不正の発生を前提としない「監視」活動とは異なることを理解する必要があります。その上で、社内調査の限界を、従業員のプライバシーとの調和の視点で考えていくことが重要です。

次回は、社内調査の手法とその限界について解説します。

(了)

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