渡辺歩(監督)- 『海獣の子供』 原作がもつ余白を意識した作品づくり

原作の魅力を再発見

──渡辺(歩)さんに『海獣の子供』の監督依頼があった際のお話を伺えますか。

渡辺:以前から五十嵐(大介)さんのファンでしたし、『海獣の子供』もオファーをいただく前から読んでいたので、これをアニメ化するのかという驚きがありました。本当に素敵な作品なので、映像化する機会をいただけることにも魅力を感じました。企画を立ち上げられた際の、「作品そのもののテーマの大きさ・五十嵐大介作品で共通して描かれている女性の強さが特に色濃く出ているから」というお話を伺いました。

──原作を読まれていたということですが、作品の魅力はどこにあると考えられていますか。

渡辺:単純な結果や結論を出すのではなく、読み手に解釈を預けるという作品の懐の深さだと思います。読者の好奇心を刺激するところ、そして“生命は素晴らしい”という、五十嵐さんの全作品に通じるテーマですね。あと、絵を五感で読ませるあのタッチですね。

──色や音、温度や匂いまで伝わってくるように感じますね。

渡辺:ここまで高度にテーマと描写技術が備わっている作家はなかなかいないと思います。映画化にあたって、漫画の魅力を再発見したので、改めてこの凄さを伝えたいと考えています。

──“生命はどこからきて、どこに行くのか”というものは、人間誰しもが持つ原初のテーマで明確な答えがあるものではないですから、より取り扱いも慎重になるのではと思いますが。

渡辺:はい、どこを抽出するかというのも最初に時間をかけた部分です。このテーマに興味を引いてもらうことを意識しました。

──媒体の違いでどうしても取捨選択が必要になりますから。抽出の際に特に意識したことはありますか。

渡辺:テーマもそうですが、キャラクターも非常に魅力的なんです。なるべくキャラクターは削らず拾っていきたいと思いました。ストーリーでいうと“(安海)琉花が感じたことを最後に持ち帰る”という構造にすることによって、観ている方にテーマが伝わるように意識しました。

──原作の魅力でもある「読者に解釈を預けている」という点。制作ではたくさんの方が携わって作られるので、場合によっては若干のずれが出てくる場面もあったと思いますが、どのように作品の道筋を共有していきましたか。

渡辺:感覚的な違いを許容できる、余白を残しました。こちらが提示することのアンサーは、皆の観念を通して帰ってくるんですが、そこを許容してなるべく落とさないようにしていき、その化学変化を楽しんでいきました。そうすると自ずと質量が上がるんですけど、その違いが心地良かったです。携わった皆の色が重なってカラフルになっているように感じます。

皆さんからキャラクターの心情を教えてもらいました

──五十嵐さんの作品性とも通ずるところですね。今回、声として作品に彩を添えているキャストの皆さんは、キャラクターの年齢にも近い方をキャスティングされていますが。そこは狙った部分なのですか。

渡辺:はい、例えば琉花の14歳という微妙な年齢をいかに描き切るかと考えたときに、自ずとその時代にしか出ない声・演技があるだろうということで芦田(愛菜)さんにお願いしました。

──実写でも活躍される役者の方が声優をされる際、ともするとアニメキャラの後ろに演じられている方の顔が透けることもあるのですが、今作ではそれがなく、みなさん演技が本当に素晴らしかったです。

渡辺:皆さんキャラクターそのままでいてくださって、感じたままやっていただいた演技がそのままストンと落ちました。こだわったというよりも自ずとそのようになっていった形です。化学変化が素敵に起こったということなんだと思います。

──皆さんとの違いを許容されたということですが、制作の中で渡辺さんがキャストやスタッフの皆さんから影響を受けた部分はありますか。

渡辺:絵では水と動物たちの表現ですね。CGと手描きの融合に対する現場意識の高さは、僕が想定していたよりも上でした。声の演技では、逆に年齢の近い皆さんからキャラクターの心情を教えてもらいました。例えば、琉花がお母さんに、「どこでもいいでしょ」という場面では当初、声を荒げて突き放す演技を考えていたんですけど、芦田さんは押さえた演技で静かに演じたんです。その方が刺さるんですよね。それぞれのシチュエーションで皆さんから教えられ、影響をうけました。

──その化学変化が素晴らしくて、原作の持っている魅力やもとの物語からもブレがないので、作品世界に入ったように感じました。そこは絵や演技もですが、音楽やSEも素晴らしかったからだと思います。

渡辺:そこは笠松(広司)さんの素晴らしい仕事で、そのシーンによってどの音が必要かを考えてくださるんです。なので、場合によっては抜く作業があるんです。すごく勇気がいることなんですが、その潔さ・計算のおかげで作品の深さが出ました。

──音楽も、久石(譲)さんの曲と作中のSEがマッチしていて。デデのムックリを演奏から音楽につながっていくところは鳥肌が立ちました。

渡辺:セリフと音楽の折り合いが緻密に計算されていますよね。僕も、久石さんが大好きなのでご一緒できたことに高揚感もあります。

──音楽では主題歌も米津(玄師)さんということで、作品のもつ“世代のバトンを渡す”というテーマにも沿っているのかなと。

渡辺:そうとらえていただいてもいいと思います。奇跡的なめぐりあわせで、僕から見てもワクワクしています。力をいただいてますね。

心を込めたことは間違いないです

──これだけこだわりの詰まった映画化。もちろん原作の五十嵐さんも観られたと思いますが、感想は伺われましたか。

渡辺:ドキドキしていて面と向かって伺えていないんですけど、完成後に対談した際に、「もとの種から分化したものだと思う。『海獣の子供」を描こうとしたときに持っていた根本の部分は共に有したもので、たまたま私は漫画で渡辺さんは映画になりました」という、これ以上ない表現で評論してくださって、自分の中でのひそかなる勲章になっています。

──最高の賛辞。まさに空と海の関係ですね。感想つながりで伺いますと、キャストの皆さんが、ある面で最初の観客になるわけですが、アフレコの際の皆さんの感想も伺えますか。

渡辺:皆さん作品に興味を持ってくださって嬉しい限りでした。線撮りひとつでも凄いことになっていたので、その情念も感じていただけたんだと思います。そういう意味では作品に赴くにあたって、最初の関門を突破したなとその時は思いました。

──そのエネルギーを受けての演技ですと、キャストのみなさんのプレッシャーも凄そうですね。

渡辺:皆さんもワクワクとして頂けて、こうなるんだと楽しんで帰られていました。そこがフィルムに焼き付いているのが大事なことですし、こちらとしても伝わったのは嬉しいことです。

──そのこだわりが嫌らしくなくいいバランスで伝わるので、観ていて五十嵐作品のもつ哲学的なテーマもうまく受け取れました。本当に最高の形で映像化していただき、最後まで皆さんにこだわっていただけて、感謝しかないです。

渡辺:ありがとうございます。皆も喜びます。下手するとあと数年やっている可能性もありました、永遠に終われない作品じゃないかと思うくらいで(笑)。

──(笑)。そうは言ってもいよいよ公開ということで、コアな方も多い五十嵐大介ファンのみなさんも期待しています。

渡辺:そうですね。正しかったかどうかというのは、今、絶賛していただいてちょっとだけ自信になりました。心を込めたことは間違いないです。詭弁ではなくスタッフの作品愛は本物です。原作を愛し、そこになろうとし、作品に対する愛を最後まで表現しきりました。キャストの皆さんもそうですね。キャラクターに対する愛情と熱意を真摯に向き合った結果がこのフィルムになっています。人が描き・人が演じる、アニメーションにとっては凄くシンプルな部分ですが、非常に尊いものです。それが織りなす独特の世界観。『海獣の子供』は非常に贅沢なフィルムになっていますので、そこを余すことなく味わっていただければと思います。この劇場作品を通じて原作漫画を手に取っていただいたり、江ノ島水族館に足を運んでいただけるとさらに嬉しいですね。

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