キノコホテル「創業12周年にして魅惑のディスコティーク・ラウンジ竣工! グルーヴィーなリズムが躍動する悦楽乱舞に狂喜せよ!」

想定内の結果が退屈で外的刺激を求めた

──外部プロデューサーを迎え入れてアルバムを共同制作するという初の試みは、どんな経緯で決まったんですか。

マリアンヌ東雲(歌と電気オルガン):キノコホテルはバンドのコンセプトから楽曲の世界観、音作りに至るまですべてワタクシが采配を振るのが基本で、誰にも邪魔されずにあらゆることを独断でやらせてもらうことに最初は喜びも感じていたんです。ところがある時から、ワタクシの独壇場を続けていく先に一体何があるのだろう? と思い始めてしまった。自分の想定内の楽曲やステージングしか生まれてこないのはすごくつまらないことだし、このままでは自分自身がキノコホテルを全然楽しめていないことが周囲に伝わってしまうのではないかという危惧もありました。自分の思い通りにやれていたことが逆に退屈になってしまって、外的刺激を求めるようになったんですね。では誰とならタッグを組めるか? と考えた時に、なかなか思いつく人がいなかったんです。「この人の言うことなら聞ける」という人がまずいない(笑)。

──支配人の場合、だいぶ限られてくるでしょうね(笑)。

マリアンヌ:ワタクシがまずその人に懐くかどうか? はすごく大きなハードルだし、合わない人とは徹底的に合いませんから。さてどうしましょうと思い悩んでいたところ、旧知の友人だった島崎貴光さんのことがふと頭に浮かんだの。と言うのも、数年前に島崎さんと偶然再会するタイミングがあって、向こうもワタクシがバンドをやり続けていることをご存知だったんです。それで赤坂ブリッツの創業10周年記念実演会も観に来てくれて、後日、2人で呑みながらいろいろと話を聞いてもらいまして。その時から「次にアルバムを作る時はこの人を呼ぼう」と決めていました。島崎さんはSMAPやAKB48といったJ-POPの第一線でヒットを飛ばし続けてきた音楽プロデューサーで、キノコホテルが歩んできた道とは正反対なんだけど、それくらい畑が違ったほうが組み合わせとしては面白いと思ったの。彼はヒットメイカーとしての経験値がすごく高いし、自分としてはとにかく劇的な変化を求めていたので。

──創業10周年を迎えたキノコホテルの次なる一手として、新たな仕掛けを欲していた部分もあったのでは?

マリアンヌ:そうですね。前作『プレイガール大魔境』は世間で言うところのセルフカバー兼ベスト・アルバム的意味合いの作品だったし、10周年以降の初のオリジナル・アルバムでは何か新しい、鮮烈な印象を残したい気持ちがありました。

──支配人が達観されてきたと言うか、第三者にジャッジを委ねられるゆとりが生まれてきたことも大きいのではないでしょうか。

マリアンヌ:何から何まで自分一人でジャッジを下すことにこだわりすぎていた気はしますね。時間や予算的な問題で、それが叶わない時のフラストレーションはとにかく辛いし。それらを共有できる当事者が欲しかった。作品づくりにせよ実演会にせよ、クオリティを追求していく上で第三者的な視点でアリかナシかが気になるようになったのもあります。それに恐ろしいことに、メジャー・デビューしてから来年の2月で10周年なんですよ。10年も経ってこの先また同じ感じでやっていくのかと考えた時、希望よりも失望のほうが大きかった。自分自身を飽きさせないためにも外的刺激が不可欠でした。

──ケメさん、ファービーさん、ジュリエッタさんは今回の外部プロデューサーの起用をどう思ったのですか。

マリアンヌ:いきなり何のことやらって感じだったんじゃないかしら。

イザベル=ケメ鴨川(電気ギター)&ジュリエッタ霧島(電気ベース)&ファビエンヌ猪苗代(ドラムス):(頷く)

マリアンヌ:「ワタクシの知り合いのプロデューサーを入れるから」としか言わなかったし、毎度のことながら従業員とは密な話をせずに進めましたからね(笑)。

ファビエンヌ:最初はエッ!? と思いましたけど、もともとの知り合いということで信頼関係が成り立っている感じだったので、これはいいものができるんじゃないかと思いました。島崎さんに提出するデータをまとめる作業で支配人も大変そうだったけど、意外と楽しそうに見えましたし。

──提出するというのはデモのことですか?

マリアンヌ:デモもそうだし、レコーディングのためにパラのデータを書き出して一本ずつ送ったり、緻密な準備作業がいろいろとあったんです。

従来にないデモ段階での緻密なやり取り

──島崎さんはデモ制作の段階から参加していたわけですね。

マリアンヌ:そうですね。自分一人で作ったデモが数曲あって、それをそのままレコーディングに活用したケースもあれば、島崎さんにデモを聴いてもらってから練り上げていくケースもありました。その曲をより良くするためのアドバイスと言うのかしらね。たとえばAメロとサビのメロディが違ってもコード進行が同じ展開というのはワタクシがやりがちな手法で、よく手抜きだなんて言われてしまうんですけど(笑)、それに対して島崎さんが「サビは思いきって変えたほうが絶対にいいよ」とアドバイスしてくれるわけです。「変えたほうがいい」と言うだけで「こう変えろ」とは言ってこない。彼もワタクシのことを尊重してくれているので、ポジティブな指摘を的確にしてくれるんです。そういうアドバイスを受けること自体、ワタクシの音楽人生において初めてのことで、作曲教室に通っているような気分でした。

──島崎さんの一言がきっかけで劇的に変化した曲もあったんですか。

マリアンヌ:リード曲の「ヌード」はそのケースでしたね。

ケメ:最初はサビがAメロと同じだったんですよ。

マリアンヌ:サビのメロディは多少サビらしくしていたんだけど、Aメロと進行が同じだったので今ひとつ盛り上がりに欠けていたの。それに対して島崎さんが「ここは転調してみたらどう?」とアドバイスをくれて、そもそもワタクシは転調と移調の違いすらよくわかっていないレベルなので、「転調ねぇ…」とか言いながらもサビをサビらしく作り変えたんです。結果的に今回のリード曲になるほど見違えて良くなりましたね。

──なるほど。今回はレコーディング前のデモ制作の段階から前例のない経験をしたというわけですね。

マリアンヌ:これまではワタクシが作った楽曲を3人に聴かせて4人で練習をして、ある程度形になったらろくに打ち合わせもせずにエンジニアさんの所へ行ってただ黙々と録るだけのことが多かった。いま思えば随分とぞんざいなやり方だけど、島崎さんにはまずそれを変えようと言われました。そのほうが絶対にワタクシがラクになるからって。キーボードなりシーケンスなりを事前にちゃんとデータにしておいて、それをワタクシと島崎さんとエンジニアの清水裕貴さんの3人で共有しておけば、スタジオでデータの抜き差しが容易にできる。確かにそうしておけば、自分のやりたいことがエンジニアさんになかなか伝わらないもどかしさや面倒な過程を省くことができて効率的でした。レコーディングを開始したのは3月の頭だったけど、デモ段階の緻密なやり取りは1月末から始めていたんです。

──年始に行なわれた『スナック東雲 新年会』では、今年中にアルバムが出るかどうかはまだわからないという微妙な感じでしたよね?

マリアンヌ:そうだったかしら。だとすればそれからすごく頑張ったわ(笑)。島崎さんのように自分のお尻に火をつけてくれる人がいたおかげで、あらかじめ用意しておくべきデータ量の多さ、事前に自分がやっておかなければならないことのあまりの多さに気がついたの。島崎さんが「お嬢(マリアンヌのこと)、そろそろマズいよ」とやんわりプレッシャーをかけてきたので、今年の1月、2月はほとんど家から出ずにずっと作業に没頭していました。そういうちょっとした圧があると自分はやる気を発揮できる人間なんだなと思いましたね。今までそんな経験は全然してこなかったし、レコーディング全体の帳尻さえ合えばOKみたいな感じだったので。

──ちなみに島崎さんはどんな方なんですか。

マリアンヌ:物腰の柔らかい方ですよ。問題点を指摘するにしてもアドバイスするにしても言い方がソフト。彼が間に入ってくれたことでワタクシ以外の3人もやりやすかったと思います。褒めるところはちゃんと褒めてくれましたしね。

リード曲でファズという武器を使わなかった理由

──今日は珍しく支配人以外の従業員のみなさんがお揃いなので、お一人ずつ今回のレコーディングについて伺いたいのですが。ケメさんはいかがでしたか。

ケメ:私はいつものやり方しか知らなかったし、人に教わったこともあまりなかったので、自分の凝り固まった弾き方や録り方を島崎さんにぶっ壊してもらったところはありますね。もともとギターの手癖みたいなものが強くあって、それはもちろん良い部分でもあるんですけど、「もっとこんなふうに弾くといいよ」とかいろいろと教えてもらえたのが良かったです。デモの段階から手法を変えたことで今までとは違う楽曲が揃ったのもバンドとしては良かったと思うし。

──島崎さんはキーボード奏者でもあるんですよね?

マリアンヌ:プレイヤーとしてはキーボードなんだけど、ギターに対しても的確なアドバイスをしてくれました。エンジニアの清水さんもドラマーでありながら自らブースに出向いてギターの手ほどきをしてくれたりして。ギターに関して言えば、今回はとにかくケメさんにはカッティング地獄を味わっていただきました(笑)。

──確かに「ヌード」と「愛の泡」では壮絶なカッティング地獄が聴けますね(笑)。

ケメ:私にはワウの癖みたいなのもあって、踏み方が普通の人と逆だったので、いつもと逆にペダルを置いて踏んでみたんですよ。

マリアンヌ:そういう試行錯誤はギターが一番多かったんじゃないですかね。今回はケメさんの新境地をお見せしたかったし、ケメさんと言えばファズだけど、それだけで語られがちなのがワタクシは不満なの。もっといろんなことができるテクニシャンであることを彼女には体現してほしかったし、それをキノコホテルの作品にも反映させたかったんです。

──本作でもケメさんのシビれるギター・ソロは随所で聴けますが、これまでのように飛び道具的に入るのではなく、あくまで楽曲の中の不可欠なパーツとして組み込まれている印象を受けますね。

ケメ:今回の推し曲である「ヌード」ではファズを一切使わなかったんです。ストリングスやシンセなどですでに華やかなので、ファズがなくても成立しているんですよね。

マリアンヌ:キノコホテルを単なるガレージ・バンドだと思っている人はどう感じるかわからないけど、ワタクシたちが目指しているのはもはやそこではないので。

──従来のキノコホテルのパブリック・イメージであるガレージやサイケデリックの要素を、今回は意識的に薄めている印象は受けますね。

マリアンヌ:そこは意図してやりました。いつものキノコを望む人もいるでしょうけど、こちらは単純に飽きてくるんです。

ケメ:同じことをやり続けても広がらないですからね。今回、支配人が持ってきた曲も今までにない感じのものが多かったと思うんです。ちょっとブリティッシュな感じの「天窓」とか。

──チェンバロのイントロはブリティッシュですけど、途中でラーガ・ロックみたいなギター・ソロも入りますよね。

マリアンヌ:ケメさんがろくに使い方もわからないエフェクターを持ってきて、困っているのを「どーすんのよ?」と思いながら見ていましたけど(笑)。

ケメ:音的に合ったらいいなと思ったんですけど、何をどう弾けばいいのかわからなかったんです(笑)。

──ジュリエッタさんはいかがでしたか、今回のレコーディングは。

ジュリエッタ:私は新しい要素を入れることに対してワクワクするタイプなので、島崎さんが入ることは楽しみでした。実際にレコーディングに入ってみたら、その前段階の支配人と島崎さんのやり取りや準備のおかげですごくスムーズに作業が進みましたね。島崎さんと清水さんの連携も素晴らしくて。あと島崎さんはすごく耳が良くて、記憶力もいいんです。たとえば通しで3回くらい録ったとして、3回目のテイクを基本に使いつつ1回目のベースラインが良かった部分も使うみたいな感じで、どの部分が良かったのかがしっかりと頭に入っていたんです。私も同意見だったので、そういう部分でもすごく助かりました。

マリアンヌ:島崎さんは本当に耳がいいのよ。マスタリングの時に「お嬢、ここに何かヘンなノイズが入っているのわかる?」とか言われても全然わからなくて。そのノイズをどうしても消さなくちゃいけなかったみたいなんですけどね。

ケメ:「何か聴こえない?」とか言われましたよね。

ファビエンヌ:私以外の3人はみんなそのノイズをわかっているんだと思って、自分がわからないのを黙ってたんですよ。

ジュリエッタ:私も黙ってました(笑)。

ファビエンヌ:結局、みんなわかってなくてホッとしましたけど(笑)。

ジュリエッタ:それと、演奏面で島崎さんから言われることは特になかったんですけど、唯一ウッドベースを弾いた「秘密諜報員出動セヨ」では「後半はすごく動く感じで弾いてください」とアドバイスをくださいました。

参謀役の意見やアドバイスにだいぶ救われた

──本作はどのパートもクリアでパンチのある音をしていますが、とりわけベースの音が粒立って聴こえますね。

ジュリエッタ:そこは支配人の意向で、ベースの音量を大きくしてもらったんです(笑)。

マリアンヌ:ベースが大きいのはキノコの基本です(笑)。島崎さんにも「普通はここまでベースを出さないよ」と言われたんですけど、「いいの、いいの。ワタクシはベース・フェチなので」と押し切りました。ジュリエッタさんが加入してから自分でもベース・ラインをさらに意識するようになったし、腕利きの彼女がこれをどう弾くかしら? なんて想像しながらベースのフレーズを考えるのが楽しいんですよ。自分ではまともに弾けませんけど。

ジュリエッタ:支配人はすごくハッとするフレーズを持ってきてくださるんですよ。デモがすでに格好良かったので、それ以上のプレイをしなくちゃいけないプレッシャーもありましたね。

ケメ:支配人はギターのフレーズもすごくいいのを考えてきて、格好いいソロもデモで弾いてるんです。その通りに弾くのがけっこう大変なんですよ。「茸大迷宮ノ悪夢」のギター・フレーズはデモでもがっつり入ってましたね。

マリアンヌ:相変わらずコードは全く押さえられないんですけど、とにかく歪ませて適当に弾いたのが割と良かったりする(笑)。

──ファービーさんは今回のレコーディング、いかがでした?

ファビエンヌ:ミキシング・ルームから「お嬢、ここさぁ…」とか支配人と島崎さんがやり取りをしているのが時折聞こえて和みましたね。こっちがしっかり叩いたテイクを向こうで吟味してくれたし、あっちがOKを出してくれたものはきっと大丈夫なんだろうという安心感のもと、今回は自分のことに集中できました。「東京百怪」では自分の考えてきたフレーズをまっすぐ叩いたんですけど、「それでもいいんだけど、ハイハットのニュアンスちょっとハネて叩いてみて」と島崎さんから言われたんです。自分としては「ん!?」と思って、はてなマークのまま叩いたら「そうそう、そういう感じ」と言われて、プレイバックして全体を聴いてみたら確かに叩き直したほうが人間味があって良かったんですよ。そうやって全体を見てからパーツごとに指示を出してくれているのがすごく助かりました。

──人間味が出るとは面白いですね。「東京百怪」はニューウェイヴの要素が強い無機質な楽曲なのに。

ファビエンヌ:私もそう思って無機質に叩いたんですけど、そうじゃないほうが良かったんですね。

マリアンヌ:そういうテイクのジャッジにしても、「どう思う? 自分はこう感じるんだけど」というやり取りができる人が今まではコントロール・ルーム側にいなかったし、エンジニアさんとのコミュニケーションも不十分なまま録りに入っていたので、ワタクシが全部の指示を出さなければいけない状況だったわけです。リズム隊の録りの時はリズム隊以外の音が一切鳴っていない状態で録っていたし、いま思えばそれでテイクの良し悪しもあったもんじゃないわよね(笑)。だけど今回は自分が用意してきたデモの音源を使いながらのレコーディングだったので、3人ともやりやすかったと思いますよ。今まで「何か違うのよね」としか言えなかったことも具体的な指示を出せたし、ワタクシ自身もコントロール・ルームでああだこうだと議論しながら答えを出せたのがとても有り難かったです。自分のやりたいことを共有できて、「それって要はこういうことじゃない?」と代弁してくれる人がいることはこんなにラクなんだなと思いましたね。

──これまでのキノコホテルには諸葛孔明のような参謀役が不在だったということでしょうか。

マリアンヌ:3人はあくまでもプレイヤーなので、自分の右腕が欲しかったのかしらね。参謀役がいることでこちらもだいぶフラットな気持ちになれるし、3人に対してリスペクトを忘れずに指示を出せるんです。4人だけで作業を進めていくと煮詰まることもあるし、「お嬢の言いたいこともわかるけど、こういうことだと思うよ」とフォローしてくれる人がそばにいることで自分自身もだいぶ救われました。

B級感はキノコホテルにとって重要な要素

──それにしても本作は1曲目の「天窓」から驚かされますね。従来の作品と音像がまるで違ってタイトで生々しく、各パートの音の粒がしっかりと際立っているし、今まで聴いたことのないキノコホテルといった感じで。

マリアンヌ:今回は良い意味で音の分離がちゃんとしているし、狙い通りですね。

──しかもこの「天窓」という曲には支配人にしては珍しく、人生は果てないけど儚いという自身のスローガンとも呼べそうなメッセージが込められているように思えたのですが。

マリアンヌ:何なのかしらね。大人になったと言いますか、自分にとって令和はもはや余生なんでしょうね。ここ数年、若い世代の人たちと話したり仕事をご一緒することが多い中で、彼ら彼女たちを我が子のように応援したくなるような自分がいるんです。音楽以外でも少し達観した部分が出てきたのか、若い人たちが悩んでワタクシに相談してくると思わず聖母のように親身になってしまう(笑)。今の時代、実の親に虐待を受ける子どもも多いし、生きていくのが大変じゃないですか。「天窓」はそういう自分よりも下の世代のことを考えているうちにできた曲ですね。自分でも珍しいタイプの曲だと思いますよ。いつもだいたい男への呪詛みたいな歌ばかりだから(笑)。

──従来のアルバムは1曲目にパンチのある曲を持ってきて一気に引き込むスタイルが多かったですが、「天窓」のようにミッドテンポで溜めの効いた曲を頭に据えるのも珍しいですね。

マリアンヌ:そこからの、2曲目の「ヌード」に間髪入れず繋がっていく流れがいいのではないかと思って。

──「ヌード」と「愛の泡」は本作でキノコホテルが志向していたことをギュッと凝縮したようなソウルフルでダンサブルなナンバーで、楽曲の完成度もアンサンブルも掛け値なしに素晴らしいですね。これぞキノコホテルの新境地だという見得を切る感じもあって。

マリアンヌ:ソウル・テイストの曲は今までもあったけど、どうしても和モノ的なアプローチになりがちで。それはそれで好きなんですが、今回はギターのカッティングをいかに洗練させるかにだいぶ試行錯誤しました。

──試みは大成功ですね。「愛の泡」なんてカーティス・メイフィールドみたいじゃないですか。

マリアンヌ:「愛の泡」は頭のダダッダダッダダッダダッ…というホーンの音が最初はなくて、ドラムのフィルイン始まりだったんです。それを島崎さんに聴かせたら「頭に『ルパン三世』みたいな音が欲しい」と言われてなるほどと思って、決めのパターンを付け足して一発OKをいただきました。あえて『ルパン三世』というわかりやすいワードを言ってくれたんでしょうね。

──本作のテーマである〈踊れるキノコホテル〉は島崎さんから出たワードだったんですか。

マリアンヌ:「お嬢、次はダンス・ミュージックだよ」と早い段階から言われていて、島崎さんの思う現代的なダンス・ミュージックと自分の思う懐かしめのダンス・ミュージックの整合性を取ったと言いますか。たとえば「ヌード」はもっとハイファイな感じのソウル&ディスコ・ミュージックになるかもしれなかったんです。何度か入るビブラスラップを島崎さんは入れたがらなくて、ソフィスティケイトされた洋楽的なアプローチを志向していました。だけどそこまでやると、もはや自分の音楽ではない気がして。キノコホテルにとって重要な要素であるB級感をワタクシは残したかったんです。

──ただ単に格好いいだけのダンス・ミュージックにするつもりはなかったと。

マリアンヌ:そういうことですね。その部分では島崎さんとだいぶ意見を戦わせました。「キノコホテルがここで一皮剥けて次のステップへ行きたいのなら洋楽的なアプローチをするべきだ」と言われたんだけど、「キノコホテルはこのB級感が大事なの」というワタクシの言葉で、「なるほど、そういうことね!」と。お互いのクリエイティビティを尊重し合っていたし、生み出した楽曲に対してワタクシたちが責任を持ち続けなければいけないというところで、ダンス・ミュージックの捉え方に関しては「わかった、最後のジャッジはお嬢が決めることだから」とお互いに納得できる落としどころに行き着いたんですね。

──そういう摩擦係数の高さも吉と出ましたね。これまでのキノコホテル流ダンス・ミュージックと違って、非常に身体性を帯びた仕上がりになっていますし。

マリアンヌ:フィジカルな感じにはなったと思います。島崎さんが自分の意向を押しつけるのではなく、「僕はこうしたほうがいいと思うよ」とこちらの出方を窺いながらキノコホテルの可能性を引き出すやり方がとてもお上手でしたね。

自分一人で決めることで必ずしも自由になれるとは限らない

──スカのビートとニューウェイヴのテイストが相まった「東京百怪」にもキノコホテルが大切にしているB級感がありますね。銃声やヘリコプターの音などの効果音も入っていて遊び心もあって。

マリアンヌ:リズムが全く同じの骨組みとなる楽曲が何年も前からあったんですけど、サビとなる部分が最後に一度しか出てこない構成だったんです。実は1、2回ほど実演会でも披露したことがあるので、ごく一部のファナティックな胞子(ファン)の中にはわかる方もいるんじゃないかしら。

──敗者復活で採用されるケースも珍しいですよね。

マリアンヌ:どこか捨て難くて、ずっと寝かせておいたんです。ポストパンクのバンドが徐々にスカにアプローチしていくような感じの曲で、いつか形にしたかったんですね。それで島崎さんとの協議の結果、「最後に一瞬出てくるメロディがすごくいいから、これをサビにしてしまおう」と大胆に構成を見直したんです。最初はポップになりすぎる気がしてワタクシは抵抗があったんですけど、「大丈夫だから」と。彼は事あるごとに「お嬢の曲をキノコホテルで演奏すれば必ずキノコホテルになるんだから大丈夫」と言ってくれました。そんな一件も含めて、何でも自分一人で決めていくことで必ずしも自由になれるとは限らないんだなと気づくに至りました。

──ゲンスブールとポーティスヘッドをハイブリッドさせたような「レクイエム」は甘美なバラードで、この先またもうひと盛り上がりあるところで突然フェイドアウトするのが意表を突かれますね。

マリアンヌ:「レクイエム」はほとんどデモのままなんです。あのフェイドアウトは島崎さんと清水さんから「事故じゃないですよね?」と訊かれましたが、もちろん事故じゃありません。なんかもうこの辺で終わるのがいいかなと思って(笑)。

──続きは実演会で聴けるということですか。

マリアンヌ:実演会でどうするかはまだ何も考えていませんね。「レクイエム」に限らず今回はレコーディングならではの曲が多いし、あの曲はどう実演するんだろう? という楽しみが増えていいんじゃないかしら。

──そういう意表を突くテイクも島崎さんは面白がって採用するわけですね。

マリアンヌ:基本的にワタクシの意向を受け入れてくれるし、器が大きいんですよ。J-POPの世界でヒットさせることしか考えていない人は、おそらく一から書き直しを命じたり、辛辣なダメ出しをしてくると思います。そういうのがイヤで今まで外部のプロデューサーを立ててこなかったし、もしそんな目に遭おうものなら間違いなく殴り合いの喧嘩になりますよ(笑)。島崎さんは楽曲の良さを認めながら「こうしたらもっと良くなる」というアプローチをしてくれるし、理解があるので素直に話を聞くことができた。

──サビのメロディが秀逸な「雪待エレジィ」は歌謡曲特有の憂いもありながら、これも不思議と踊れる曲なんですよね。

マリアンヌ:リズムがよく録れているのもありますね。この踊れる感じを実演会でもちゃんと再現できればいいんですけど。「雪待エレジィ」は去年の秋くらいからすでに実演会で披露していて、それなりに手応えを感じていたので収録することにしたんです。

──「華麗なる追撃」も支配人にしては珍しいタイプの曲ですね。「振り向くな王道を歩け」と背中を押してくれるような明るくポジティブな曲で。

マリアンヌ:単なる頑張れソングにならないようにさじ加減をした曲ですね。比較的明るい曲を作った自分自身に対しても最初は半信半疑なところがあって、「これをワタクシが唄うの?」という気持ちもあったんですけど、島崎さんに褒めちぎられて「これは絶対に入れるべきだ」と勧められたんです。でもこの歌も結局、誰かに対してではなく自分自身に向けて唄っているんですね。「王道を歩け」の「王道」も世間一般が思う王道ではなく、人間一人ひとりの中にある王道なんです。つまりワタクシの中だけのスタンダードのことを唄っていて、世間に迎合することを唄っているわけじゃない。

──「華麗なる追撃」は性急なビートを貫く一方、電子音を重ねたり、ギターやキーボードを効果音のようにまぶしてあるなど、アレンジに意匠を凝らしているのが面白いですね。

マリアンヌ:アグレッシブな曲だけど、明らかにキノコホテルのそれとは違う。これまで攻め曲と言えば、お決まりのファズと跳ねずに平坦なリズムで押し通す高速サーフ的な趣きになりがちでしたが、この「華麗なる追撃」は全くその路線ではない、激しくて新しいキノコホテルを意識して書いた楽曲ですね。

どんなスタイルでもキノコホテルになるという強み

──パンキッシュな「茸大迷宮ノ悪夢」とグルーヴ感溢れる「女と女は回転木馬」はこれまでのキノコホテルらしさの延長線上にある、実演会映えしそうな攻めのナンバーですが、ここでもやはりどこか新しさを感じます。「茸大迷宮ノ悪夢」は雑然と混沌が入り混じりながらも過不足なく音が整理されているし、「女と女は回転木馬」は「roundin' roundabout」という英詞がサビに用いられているのが珍しいし。

マリアンヌ:サビに英詞が来るのは初ですが、もう二度とやらないでしょうね(笑)。サビに限らず英詞を取り入れること自体に抵抗があるし、それっていかにもJ-POP的じゃないですか。自分の流儀ではないと思っていました。でも「女と女は回転木馬」のサビは本当にあれしかなかった。日本語が何ひとつハマらなかったので。

──まだ発売前なので詳しいことは差し控えますが、最後の「秘密諜報員出動セヨ」はメタフィクション的手法を取ったユニークな楽曲ですね。これはインストゥルメンタルが出発点だったんですか。

マリアンヌ:最初はインストとして考えていたんですけど、歌ではない何かをのせたいという構想が芽生えたんです。レコーディングの終盤になってそれをどうしようかという話になって、別にインストでも構わないけど最後の締めとして何かしらの展開が欲しいということになりまして。それでどこからか逆再生というワードが出てきて、試してみることにしたんです。エフェクトで音を潰したりしながら。

──ケメさん、ファービーさん、ジュリエッタさんは「秘密諜報員出動セヨ」を聴いてどう感じました?

ファビエンヌ:やったー! と思いました(笑)。

ケメ:新しすぎますよね。

マリアンヌ:ケメさんのギターが入っていませんからね。

ケメ:その代わりにタイトルを決めました。

マリアンヌ:タイトルはマスタリングの日にみんなで決めたの。

──タイトルと言えば、本作の収録曲のタイトルを並べると三角形になりますよね。

マリアンヌ:そうなんですけど、これは偶然と言っておいたほうがいいかしら(笑)。正式なタイトルが決まっていた曲もあれば決まっていない曲もあった時点で曲目を並べてみて、これを何らかの形にしたいと思って眺めていたら三角形に見えてきて。レイアウト的にも綺麗でしたので、まだ決まっていない曲タイトルはそこに収まるよう字数制限を設けました。たとえば「ヌード」は最初から2曲目に置くことを決めていたので、2文字か3文字にする必要があったわけです。

──そういうちょっとしたお遊びも含めて、これまでにないゆとりが今回のレコーディングにはあったことが窺えますね。

マリアンヌ:今までは楽しむどころではなかったし、何とか間に合わせることに必死でしたからね。昔は歌入れの最中に喉を壊してしまったこともあったし、いろんなことに押し潰されそうになりながらレコーディングに臨んでいたんです。でも今回は作業を楽しむ余裕があったし、もの作りの過程とはこうあるべきだというひとつの答えが自分の中で出ましたね。

──実演会同様にレコーディングも4人の出す音だけで完結させるのではなく、レコーディングではレコーディングでしかやれないことをやるという風向きに変わってきたのは自然な流れのように思えますね。

マリアンヌ:それもキノコホテルが以前より自由になれたことのひとつなんです。「実演会でどうやるの?」という曲も確かにありますけど、実演会で再現することは一旦忘れてレコーディングならではのことを今はやりたい。4人でできることに固執するとどうしても窮屈になってしまう。シンプルで「いかにも」なキノコホテルを好きな方もたくさんいるでしょうけど、自分の中ではその枠にとらわれる時期はもう過ぎてしまったみたい。ワタクシの書く曲がいつしか4人で表現できる限界を超えてしまって、もはや普通のバンド・サウンドでは完結できないものになってきたのもあります。そんな楽曲なり方向性でもこの3人ならちゃんとついてきてくれると思っているので、この先どこへ向かうのかはわからないけど気が済むまで突きつめたい気持ちはあります。

──今のキノコホテルは、ビーチ・ボーイズで言えば『ペット・サウンズ』、ビートルズで言えば『サージェント・ペパーズ』みたいな時期に差し掛かっているのかもしれませんね。

マリアンヌ:面白い時期に来ていると思いますよ。次のアルバムでは全く違うことをやっている可能性も大いにありますし。でもそれでいいんじゃないかと思うんです。ひと昔前の自分ならそうは思えなかったでしょうけど、今はむしろアルバムを出すごとに全く毛色の違うものにしてもいいとすら思っているので。

ケメ:次はパンクのアルバムを作りたいと支配人は考えているんですよね?

マリアンヌ:そうなの。(遠藤)ミチロウさんを偲んで、最近スターリンしか聴いてないから(笑)。今までキノコホテルが構築してきたものを全部ぶっ壊してやりたいなと思って(笑)。なんて言いながら、いきなりアコースティックに目覚めたりとか…。

ジュリエッタ:それはヤバい(笑)。

ファビエンヌ:極端すぎますよ(笑)。

ケメ:まぁ、ここまで来たら何でもやりますけど(笑)。

──どれだけ振り幅が大きくても、どんなスタイルであろうともキノコホテルになるというのが今のキノコホテルにとって最大の強みなんでしょうね。

マリアンヌ:必然的にそうなったんだと思うし、そこに10年以上に及ぶ活動の成果があるんじゃないかしら。若手のバンドにそんな芸当はできないでしょうね。まだまだ面白いことをやっていきたいし、その時々のキノコホテルを一緒に楽しんでくださる胞子の方々と令和の時代を歩んでいけたらいいなと思いますね。

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