安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.7

ディスクってこと忘れてました

一方、ヘッド周りはガチンと硬く、ハンドル操作には正確に反応する。このハンドル周りの硬さがバイク全体の挙動にキレを与えているように思う。
その走りにいわゆる悪しきエアロロード感はゼロ。ローハイトを履かせて峠に連れていきたくなるほど万能だ。「なんでもできるエアロロード」というより、もはや「空力が死ぬほどいい万能バイク」と言ったほうが的確だ。

高速維持性能はライバルに比べて明らかにいい。サイクルスポーツ誌2018年12月号で エアロロード4車のガチンコ対決 (新型ヴェンジvs新型マドンvs新型S5vs新生システムシックス)をしてみたところ、時速40km時の消費パワーがヴェンジだけ5~9ワット少ないという結果になった(室内バンクでの実走実験)。現状最速と言ってもいいレベルの性能である。

登坂性能もかなり高い。さすがに最新鋭ヒルクライムマシンほどではないが、数年前の軽量バイクよりはヒルクライムが得意なくらいだ。試乗場所にたまたまあったCLX32をフロントに付けて走ってみたが、前輪を変えただけで軽快感が大幅に向上した。これなら前後CLX32にするだけでヒルクライムバイクとして使えるレベルになるだろう。

快適性も上がっており、荒れた路面でもバイクが跳ねなくなっている。ただ、振動減衰は非常に得意なのだが、衝撃吸収性はそれなりである。路面の細かなバイブレーションは消してくれるが、大きな凹凸は正直に伝えてくるタイプだ。
安定感も大幅に増した。前作にあった気を遣わざるを得ないせわしなさや、みるみる脚が削られるキナ臭さが、見事に消え去っている。いやもう実に素晴らしい。

気分がよくなってきた。調子に乗ってヘアピンカーブの手前でロック一歩手前のハードブレーキングをしてみる。新型ヴェンジはギュッとスピードを瞬殺し、タイトなコーナーを涼しい顔でクルリと回る。そのときの制動フィールで思い出した。こいつはディスクブレーキではないか。しまった。あまりに自然な剛性感ですっかり忘れていた。

現行ターマックのリムブレーキ車とディスクブレーキ車の剛性感にはそれなりの差がある(ディスク版は剛性バランスが崩れ気味)。しかし新型ヴェンジはディスクならではのネガがほとんど感じられない。
剛性感とのすり合わせが難しいエアロ形状であるだけでなく、フレーム末端が過剛性になりやすく、生硬い乗り味になりがちなディスクロードで、この走り。ただ速いだけではなく、楽しいし気持ちいい。全く嫌になるくらいの完成度だ。

要するに新型ヴェンジは、走りにおいても大幅な進化を遂げていたのだ。プレゼンでは言及しなかっただけで、開発陣は、踏みやすさ、剛性感、ハンドリング、安定感、パーツとの相性など、数値には表れにくいそれらの要素を注意深く煮詰めたに違いない。そうでなくては、最高レベルの空力性能を維持したまま、こういう上質な走りにはならないはずだ。

新時代のスペシャのモノ作り

実はそれを裏付ける記述がホワイトペーパーのなかにある。
“理想的なフレーム剛性と、構造的に効率の良い従来のラウンド形状チューブの強い相関性を発見しました”。
この言葉が意味することとは何か。
彼らが“理想的なフレーム剛性”という概念を持っているということだ。
理想的なフレーム剛性― それは、「いい走り」であり、「素晴らしいライディングフィール」と言い換えてもいいだろう。要するに彼らのアタマの中には、「ロードバイクかくあるべし」という信念が確立されたのである(そんなの当たり前だろう、と思ってはいけない。当のスペシャライズドだって、2011年のターマックSL4のときは、「ヘッドからリヤエンドまでとにかく硬く作っといたぜ」なんて言っていたのだから)。

そのうえで、剛性的には丸断面のチューブが最適だ、と彼らは言っているのだ。だからこれは「そういうことをちゃんと考えていた」ということであり、「カムテール形状でラウンド形状の剛性感を目指した」ということでもあるだろう。そういう認識と信念があったからこそ、ここまでエアロなのにここまでナチュラルに走るのだろう。

ライダーファーストエンジニアリングを導入したSL5世代のターマックから、スペシャライズドロード部門のフレーム作りは変わった。それまでの数値・データ重視の作り方から、「人が乗って操ったときにどうなるのか」という、より高度な思想でモノづくりを始めたように思う。そして今、スペシャライズドは乗り味という極めて曖昧な評価軸もモノにしつつある。これは、そんなスペシャのモノづくりが美しく実を結んだ一台である。

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.8に続く

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