南アフリカの土地は白人と黒人どちらのものか―。5月に行われた南ア総選挙で、少数派白人が国土の大半を所有することの是非が争点となり、黒人主体の急進派野党が躍進した。アパルトヘイト(人種隔離)が名実ともに終結してから25年。貧しい生活を送る黒人は「自分たちの土地だ」と不満を募らせ、実力行使で占拠に打って出た。抗議した白人農場主は射殺され、事態は深刻化している。(ステレンボッシュ共同=中檜理)
▽自由の土地
カン、カン、カン。冷え切った空気に、金づちでくぎを打つ音が響き渡る。世界的なワインの生産地、南西部ステレンボッシュ。トタン板でできた粗末な小屋が千棟以上、ブドウ畑があった丘に密集している。「この土地は自由を意味するアザニアと名付けた。もっと拡張するよ」。住民数千人のリーダー格を名乗る大工サバタ・ホンドゥワナさん(37)が、小屋を建てる手を休めることなく息巻いた。
この丘は白人ステファン・スミットさん(62)の土地だったが、昨年6月以降、数千人の黒人が押し寄せた。
ホンドゥワナさんは、約30キロ離れたケープタウン近郊のスラムで妻と3人の子どもと暮らしていたが、仕事がなくこの土地に移り住んだ。「電気と水道はないが、家賃がかからないので貧しくても生きていける」と語った。
▽奪い返す
ステレンボッシュには白人所有のブドウ畑が広がり、おしゃれな洋館で外国人旅行者がワインの試飲を楽しんでいる。だが「アザニア」地区の小屋はすきま風が吹き、薄暗い部屋にハエが飛び交う。まるで別世界だ。
土地を奪ったことに罪の意識はないのか。妻や生後8カ月の娘と住む無職コリーサ・ゼンゲさん(38)に尋ねると「こっちは困窮しているんだ。それにここは昔、黒人の土地だった。白人から奪い返しただけで(占拠は)悪いことではない」と言い放った。
▽突然やってきた
「まるで町だ。トラックでトタン板を運んできて、あっという間に掘っ立て小屋ができた」。ブドウ畑を所有していたスミットさんが丘の斜面を指さした。
占拠されたのは、スミットさんの父が人種隔離下の1966年に購入した土地の一部約12ヘクタール。「合法的に手に入れた」と強調する。
スミットさんは国内外にワインを出荷していたが、生産を中止し「ビジネスに打撃だ」とうなだれた。
▽殺害予告、現実に
「スミットさんが殺された」。5月3日の取材から約1カ月後、スミットさんの知人からメールが届いた。警察によると、武装した4人の男が6月2日夜、自宅に押し入り射殺した。一緒にいた妻や友人は無事だった。犯人は見つかっていない。
犯行動機は明らかになっていないが、スミットさんは生前、「占拠に抗議したら、『焼き殺す』といった脅迫メールが届くようになった」と記者に打ち明けていた。
▽いらだち
白人は17世紀以降、南アに入植し黒人を支配した。1994年の総選挙で初めて黒人の参加が認められ、人種隔離は終結。だが、個人が所有する土地の約7割は、今も人口約8%の白人のものだ。黒人は20%を超す高失業率にあえぎ、裕福な白人へのいらだちが渦巻く。
ラマポーザ大統領は5月8日の総選挙(下院、400議席)前、黒人世論に押され、土地収用策を発表した。混乱を避けるため休耕地などに限る方針だが、与党アフリカ民族会議(ANC)内には強硬論もある。黒人主体の急進派野党、経済的解放の闘士(EFF)は「土地を国有化する」と主張し、前回から19議席増の44議席を獲得した。
スミットさんは5月の取材で「政治家が黒人票を取り込むため対立をあおっているだけだ。強硬論が勢いづくと経済が崩壊する」と強調し、こう訴えていた。「うちの従業員に黒人もいるが、みんないい人ばかりだ。白人と黒人がうまくやっていく方法はあると思う」