情報が乏しい牛型結核菌感染 海外で牛乳などには要注意!

 

これまで2回にわたって紹介してきた結核は、人だけでなく、牛などの家畜やシカなどの野生動物および犬などの伴侶動物にも起きる人獣共通感染症の一つです。一方、分類学的に結核菌に酷似する牛型結核菌の感染による牛型結核も、人に対して重要性の高い感染病と考えられるので、今回取り上げることにしました。なお、結核の生ワクチンであるBCGは、牛型結核菌です。

有史以前から人類を苦しめてきた牛型結核

人の牛結核菌感染の歴史は大変古く、有史以前から人類を苦しめてきた病原体であることが分かっています。新石器時代(約2000年前)に、南シベリアで埋葬された人の骨には典型的な結核病変のあることが見い出たされており、さらに、その遺体の神経病変からは、結核菌ではなく、牛型結核菌の遺伝子が検出されたという報告があるのです。
牛型結核菌に対して、牛や山羊などの家畜、犬、猫などの伴侶動物、シカ、キリンなどの反すう動物、ライオン、ヒョウ、アナグマ、アライグマ、イノシシ、アザラシ、トドなど多くの野生動物が感染していることが分かってきています。その中で、牛を中心としたバイソンと水牛を含むウシ科やシカ科の家畜と野生動物の感受性が特に高く、これらの動物に結核に似た症状を引き起こします。

牛型結核は世界で広く発生している

図.2010と2011年における世界の牛結核の発生状況

写真を拡大 (図:国際獣疫事務局調べ)

牛型結核にはヨーロッパでの長い歴史があるにも関わらず、疫学的な解析が進んではいません。野生動物での牛型結核菌の感染実態についてはほとんど分かっていないからです。牛型結核菌は、上図に示したように、(少し古いデータで恐縮ですが)国際獣医事務局(OIE)の調べでは、広範に分布していることが分かります。
牛型結核は、現在でも中進国以下の多くの国の家畜生産面での大きな損失の原因となっており、同時に人の衛生面へも深刻な影響を与えています。開発途上国を中心とした国々では、結核菌と牛型結核菌それぞれの菌の、人および家畜での感染実態の解析はほとんどされないまま現在に至っています。
そのような開発途上国における牛型結核を、国連農業食糧機関(FAO)は、動物のみならず人の健康を守るために優先的に制御しなければならない重要な疾病として取り扱っています。

牛型結核とはどのような病気か

牛型結核は、動物が罹患した場合、結核に似た症状が現れ、結核様の病変ができる慢性疾患です。結核との類症鑑別(識別)は容易ではありません。菌が感染してから発生までの潜伏期間は、数カ月から数年と結核よりも長いのが牛型結核の特徴です。動物が牛型結核に罹患していると診断された場合、治療はされず、殺処分されます。
牛型結核菌が、ある地域で生息して活動する多くの動物に感染して常在化すると、人への感染の機会も増加して重大な公衆衛生上の問題をその地域で引き起こしています。

人の牛型結核は、主として経口的な感染によるもので、呼吸器よりも消化器に病変の形成される例が多いのですが、臨床的にも、放射線医学的にも、さらには病理学的にも結核菌感染による結核と酷似しており、識別は甚だ困難です。患者から分離される菌の性状を調べ、鑑別する必要があります。治療には、通常、結核の場合と同じ薬剤が用いられます。

牛型結核菌が、現在、日本国内で人または動物から分離されることは稀(まれ)です。従って、牛型結核は国内の医療現場や畜産業界において大きな問題になっていません。しかし、目を国外に転ずると、前述したように、牛型結核は現在でも世界で広範に発生しており、注目されている疾病です。

動物間での牛型結核菌の感染経路

一般的には、死亡した動物で認められる病変の形成部位から伝播経路が推測できます。牛の症例で認められる病変の多くは、呼吸器とそれに付随するリンパ節に見られることが多く、気道感染が牛型結核菌の主要な感染経路のようです。実際には、野生動物の排泄物による牛型結核菌汚染水の小滴、牧草中に含まれる菌に汚染された塵(じん)粒子の吸入による空気感染が重要な感染源として考えられています。

牛型結核撲滅の困難性

牛型結核多発国での家畜の牛型結核菌感染防止は重要な課題となっています。そのためのプログラムは設定されていますが、難しい問題があるため、根本的な解決には時間がかかるようです。すなわち、さまざまな種類の野生動物が本菌の宿主になっていることです。野生動物の活動を人が制御することはできません。実際に、その野生動物から家畜への牛型結核菌の感染は起き続けており、人への感染も誘発しているのではないかと考えられています。

例えば、イギリスとアイルランドではアナグマ、ニュージーランドではフクロギツネ、アメリカではオジロジカのような野生動物が家畜への重要な感染源になっているという報告があります。

一方、南アフリカの国立公園では、水牛、クーズー(アフリカ大陸に生息するウシ科の動物)、ライオン、ヒヒ、レイヨウ(アフリカ大陸などに生息するウシ科の動物で、シカに類似)での動物種を超えた感染拡散が起きており、さまざまな動物種に著しい被害をもたらす結果となっています。さらにフランスでは、牛の牛型結核菌の集団感染が見つかった地域では、その地域に生息するシカが牛型結核菌を高率に保菌していることが確認されています。この事例では、野生動物(シカ)から牛群への広範な牛型結核菌の感染のあったことが疑われています。

地球上での人の生活圏の拡大が続いており、人や家畜が野生動物と接触する機会も以前に比べて増えています。その結果、野生動物の間でのみ成立していた病原体の感染サイクルの中に、人や家畜が巻き込まれてしまい、その病原体の感染を受けるというケースが、さらに増加していくと予測されます。特に、開発途上国で頻繁に起きているのではないかと懸念されています。どのようにしたら、有効な牛結核防疫対策方法を見つけることができるのか。今後に残された大きな課題です。

人獣共通感染病としての牛型結核

1.加熱殺菌した牛乳の飲用により牛型結核罹患の危険度は減少
古くから牛肉が食べられ、牛乳が日常的に飲まれてきた欧米諸国では、早くから、牛型結核菌に汚染された牛乳の飲用による、人の牛型結核の発生と流行が社会問題になっていました。牛乳の飲用による牛型結核菌の感染が、咽頭や扁桃で起これば、頸部リンパ節結核として、腸に感染が起これば腸間膜リンパ節に病変ができることは知られていました。その対策として、搾乳された生の牛乳(生乳)を、あらかじめ加熱して牛型結核菌を殺菌し、その後に飲用する方策が考えられ実施されました。

日本でも、明治に入り近代化が進み、牛肉や豚肉などの獣肉を食する習慣が導入され、牛乳を飲むことも普及しました。それに伴い、牛型結核にかかった牛の牛乳を飲用することにより罹患するケースが増え、社会的な問題が生じました。畜産農家においても、飼育している牛から牛への感染が起き、問題になってきていました。

明治政府はこの事態への対応を迫られ、明治 33年(1900年)に牛乳営業取締規則が公布され、牛乳の殺菌が義務付けられました。翌明治34年(1901年)には、畜牛結核予防法が公布され、乳用牛に限定して、臨床的な診察とツベルクリン反応検査(牛型結核菌を抗原として用い、尻尾の付け根の柔らかい皮膚で反応を実施)による結核の診断が義務付けられました。検査は定期的に実施され、陽性を示した牛は、結核菌または牛型結核菌に感染していると判断され、殺処分されることになりました。この行政対応は現在でも変わっていません。

その結果、ツベルクリン反応検査を始めた初期には、陽性率は4%認められていましたが、1960年代までには0.003%以下に激減し、国内で飼育されている乳牛の牛型結核菌感染は、問題にならないくらいに減少したことが分かりました。

しかし、(搾乳を行わない)肉用牛にはツベルクリン反応は実施されておらず、現在でも、集約的な多頭飼育化による集団で飼育されている牛での発生が稀に見られています。

牛型結核の発生し続けている国では、牛型結核菌に汚染された牛乳を加熱殺菌しないまま飲用しているために、人での本病の発生が止まっていないと考えられています。このような国では、特に若年層での発病事例が多いようです。

以上のように、日本を含む先進国における牛型結核菌による人の結核は、牛乳の殺菌と牛型結核撲滅運動が功を奏し、ほとんど起きていません。例えばアメリカでは、人での牛型結核の発病は全結核症例の2%以下であり、イギリスでは1.5%以下、オランダでは約1.4%であったというデータが出されています。

しかし、アメリカでは、牛乳などの加熱殺菌が義務付けられていない州があります。従って、国外で生活する場合、例え先進国においてでも、牛乳などの乳製品を購入する場合、加熱されているか否かの表示をまず確かめる必要があります。先進国では、牛型結核は危険度の低い疾病になっていますが……。

牛型結核菌による人→人感染は、結核菌の場合と異なり通常起こらず、免疫不全の場合にのみ起きることが判明しています。

2.多くの国では現在でも牛型結核の脅威は下がっていない
ラテンアメリカ諸国では、現在でも毎年約7000人もの牛型結核菌感染による結核患者が発生しています。アフリカ諸国も多数出ており、結核患者の喀痰(かくたん)から分離される菌の10% 弱は牛型結核菌であるという報告もなされています。しかし、国と地域によって違いはあるようです。例えば、全ての結核患者のうちの牛型結核菌感染例は、メキシコで13.8%、その他の中米諸国で2.5%弱、ウガンダでは6.9%という数値が出されています。

また、開発途上国では、農村部と都市部において牛型結核菌の汚染度合いに大きな差のあることも報告されています。 すなわち、タンザニアの農村部で、結核患者から分離された抗酸菌の18~30% は牛型結核菌でしたが、都市部での牛型結核菌分離率ははるかに低く、分離菌のほとんどが結核菌であったと報告されています。

私たちが想像している以上に、結核菌とウシ結核菌が混合した状態で、人や動物に頻繁に感染している国は多いという実態を把握しておく必要があります。

牛型結核の脅威に対処するために

アジアでも、主として農耕用に水牛が使用されており、いろいろな種類の牛も飼育されています。シカ科の野生動物も多数生息しています。従って、アジアでも牛結核は存在していますが、欧米、アフリカと異なり牛乳を飲用する食文化が育っていないためなのか、それとも牛型結核について関心が持たれていないためなのかよく分かりませんが、人および動物の牛結核発生状況についての情報は極めて乏しいのが現状です。

先進国で生活する限り、牛型結核菌感染の危険度は低いと思われますが、これまで紹介したように、それ以外の国々で長期滞在あるいは生活する場合、牛型結核菌に感染しないための注意が必要になります。例えば、牛乳などの動物性食材の安全には十分注意を払い、その地域で飼育されている動物や野生動物との接触を極力避ける必要があります。同時に、犬や猫を飼育している場合には、可能な限り、危険な野生動物と接触させないよう注意を払いながら、飼育する必要があります。

可能であれば、中進国以下の国々において、家畜および野生動物の大規模な疫学調査を実施し、牛型結核菌の感染実態を明らかにした上で、発病早期に本菌感染動物を摘発して、これを淘汰する努力を重ねれば、近い将来、牛型結核の地球規模での撲滅は現実のものとなるでしょう。そのためには国際的な協力が不可欠になります。

次回は、抗酸菌感染症の締めくくりとして、非定型的抗酸菌感染症について紹介する予定です。

(了)

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