マチ?チョウ?川崎・境町… 「定着した方に」異例の変更 住民こだわり、署名運動

町内の街区表示板。ローマ字表記は「マチ」となっている=川崎市川崎区

 「マチ」か「チョウ」か-。住民が長年募らせた“モヤモヤ”が解消される。川崎市川崎区の「境町」。市はその読みを「サカイマチ」から、地域に定着している「サカイチョウ」に変更する方針を固めた。読み方のみの変更は市内初はおろか、県内でも「極めて異例」。変更の背景には住民の譲れぬこだわりがあった。

 「自分の名前を間違えて読まれるようなものですよ」。町会長の大場芳彦さん(62)は言う。確かに、「スドウ」を「ストウ」と呼ばれても、気色ばんで訂正することはない。でも、片隅に違和感が残る。「それと同じ。やっぱり、ちゃんと呼んでもらいたいじゃないですか」

 もっとも、「マチ」が正式表記とされたことで不便を感じたことはない。行政を含め地元では「チョウ」が浸透しているからだ。大場さん自身、公的機関に書類を提出する際に「チョウ」とふりがなを振っても指摘されたことはなかった。警察、消防への通報も問題はない。ただ、ときに名状しがたいストレスにさいなまれる。

 「お年寄りが通信販売を申し込むときに、オペレーターから『サカイマチ』ではないですかと聞き返されるそう。こっちが間違えているわけではないのに」

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 そうしたモヤモヤは約20年前から、地域の中でささやかれていたという。「境町交差点」のローマ字表記を見ると「Sakaimachi」。最初は表記ミスと思った。だが、街区表示板もローマ字表記は交差点と同じ。調べてみると、齟齬(そご)の原因は90年以上前の出来事だった。

 市教育委員会地名資料室によると、境町は1922年に旧川崎町の一部として成立。川崎宿の東端に当たり、渡田、中島、大島、小田、下新田の5村との境界に位置したことが由来という。

 今となっては当時、「町」をどう読んでいたかは判然としない。詳細な経緯も不明だが、新町名を県に報告する際、「マチ」と読みがなが振られ、現在に至る。

 「サカイマチなんて言っている人は聞いたことがない」。現在暮らす町民たちの思いは一つ。2017年1月に齟齬を正すため、立ち上がった。

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 町名変更は珍しいことではない。市戸籍住民サービス課によると、市内でもこれまで区画整理や住居表示の実施に伴う町域の分割、新設などで新たな町名が付されることはあった。

 だが、読み方の変更は前例がない。県市町村課も記録が残る2002年以降では例がなく、「読み方だけを変更するのは聞いたことがない」という。

 地方自治法では、当該市町村議会の議決を経るよう規定されている。大場さんらは市に要望を伝えるとともに、署名活動を展開。住民の4分の1以上に当たる約560人分の署名を集めて市に提出した。

 これを受け、市は今年2月に「市住居表示懇談会」を開いて意見を聴取。読み方を変更することが適当だとし、関連議案を開会中の市議会第3回定例会に提出した。可決されれば8月にも晴れて「サカイチョウ」として再出発する運びだ。

 「市として従来想定していなかったのが正直なところ」とは福田紀彦市長。「地域住民の活動で正常化するのはいいことかなと思う」と今月の定例会見で述べた。

 市内ではほかにも「南町」「元木」など正式表記と日常の呼び名が異なる地域があるという。境町はその先鞭(せんべん)を付けた形だ。大場さんは活動が実ったことに胸をなで下ろしつつ、苦笑する。「実際、生活は何も変わらないんですけどね」

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