社内不正が起きる理由とその対策 第5回 社内不正リスク(上)

 

□事例:上司のプレッシャーで水増し

産業機械装置の製造を手掛けるA社では、数年前から製造だけでなく機械の関連商材(保守、コンテンツ、制御ソフト、消耗品など)のIoTサービスを開始しました。それに伴い、顧客や工場ごとに、産業機械の稼動量や、保守回数、消耗品の数などの利用実績に応じた請求業務を行うようになりました。Bさんはその請求業務を行う部署で、顧客の与信管理や口座照合などの業務を統括する責任者です。

A社では、経営陣が収益目標を設定し、従業員に対しその目標を満たすか、あるいは上回るようにプレッシャーをかけるのが常になっていました。Bさんの部署も例外ではなく、債権回収に対して高い目標値が設定されていました。

しかしながら、Bさんの部署では債権回収のノウハウも少なく、目標値をクリアできない期間が続いていました。そこでBさんの上司であるC部長は回収率の水増しを指示しました。最初はその指示に驚き、反対していたBさんも、C部長の「水増しによって経営陣が満足するなら、部署の職責を果たすことになり、待遇も変わってくる」「IoTサービスはA社の中でも急成長している分野なので、逸脱行為を十分に取り戻せるくらい収益が増加するから、最終的には問題は自然に修復される」という言葉に何となく納得してしまい、データの改ざんに手を染めてしまいました。

そのうちBさんの部署では、同僚や部下たちと「回収不能な債権を隠ぺいするより良い方法」や「帳簿を粉飾するノウハウ」などが当たり前のように話し合われるようになっていきました。

ある時、A社の監査人がBさんの部署の仕訳記入に異常があることに気付きました。責任者として監査人から問い詰められたBさんは、自らの不正行為を告白しました。

BさんはC部長と共に改ざんを主導した人物とされ懲戒解雇処分となり、同僚や部下たちにもさまざまな懲戒処分が下りました。Bさんは「上司の要求に屈し、部下を堕落させてしまった」と自らの行動を悔やんでいます……。

□解説:不正のトライアングル(3要素)

不正が起こるメカニズムについては、アメリカの犯罪学者であるドナルド.R.クレッシーが唱えた「不正のトライアングル(3要素)」理論が広く知られています。クレッシーは実際の犯罪者を調査し、不正は次の3つの要素が全てそろった場合に起き得るという結論を導きました。

① 動機:不正を起こすに至る「きっかけ」
クレッシーは「他人と共有できない問題」が動機になり得ると言っています。ローンの支払いにお金が必要であるといった事情や、社内での自身の処遇に対する不満などがそれに該当するでしょう。また、動機の中には「プレッシャー」も入るといわれており、「売上や納期に対するプレッシャー」なども不正行為の動機になり得ます。

② 機会:不正を起こすことができる「チャンス」
機会には「現金の出納を一人の担当者のみで行っている」といった「不正を行おうと思えばできる」機会と、「業務のチェック機能がなく、野放しの状態である」といった「不正を行っても気付かれない」機会の2種類があります。

③ 正当化:不正を行う上での都合のいい「言い訳」
字面だけを見た場合、不正の要因の一つが「正当化」とはどういうことだ?と思われるかもしれませんが、ここでいう正当化とは、自分にとって都合のいい理由をこじつけ、不正行為自体を正当化してしまうことを指します。クレッシーは、「動機」があり「機会」があったとしても、それだけでは不正行為は行われないとしています。なぜなら人間は不正を行う動機と機会があっても「こんなことをしてはマズい」「やっぱりやらない方がいい」という良心の呵責に苦しむからです。しかしながらこの場面で「横領ではなく、少しのあいだ借りるだけ」や「上司の指示だから仕方ない」という理由を付けて、良心を捨ててしまうことが「正当化」に当たります。

不正のトライアングル(3要素)のポイントは、3つの要素が全てそろったときに不正が行われるという点です。裏を返せば3つのうちのどれか1つでも要素を消すことができれば、不正は行われないと考えることができるのです。

□対策:動機、機会、正当化を排除する

クレッシーの理論を企業の不正防止の視点から見た場合、社内で「動機」「機会」「正当化」のいずれかの要素を排除する仕組みを作れば、社内不正は防ぐことができると考えられます。では、3つの要素のそれぞれでどのような対策が考えられるでしょうか。

① 「動機」の排除
個人の「他人と共有できない問題」が動機と考えると、その排除は企業にとって最も難しいものとなります。難しいというより「できない」と捉えたほうがいいでしょう。また、「プレッシャー」も動機になり得るとすれば、「プレッシャーをかけない」ということを対策の一つとすることも考えられますが、業務を行うに当たって、何らかのプレッシャーがあるのは、むしろ当然です。数字や時間に何のプレッシャーもない業務を探す方が難しいのではないでしょうか?強いて言えば「(パワハラで訴えられるほどの)過度なプレッシャーはかけない」ことは対策になり得ますが、それぐらいかもしれません。
「動機」を排除することにあまり躍起になる必要はないと思われます。

② 「機会」の排除
これは企業にとって着手しやすい分野で、すでにさまざまな対策を行っている企業も多いのではないでしょうか。例えば、●第3者のチェックを入れる、●定期的に、あるいは臨時に現金や在庫の確認を行う、●監視カメラを取り付ける、などの対策は全て「機会」の排除につながる対策です。企業によっては●社内メールのモニタリングを行う、などを行っているケースもありますが、これも「何か事が起こった場合に社内メールから事実関係が追える可能性がある」というけん制をもって「機会」の排除につなげている例といえます。

ただし、昨今、この「機会」を排除する仕組みを取り入れすぎることに対しての弊害も言われ始めているようです。例えば●不正防止のための新しいルールを数多く取り入れたことで業務が停滞してしまった、●社員が萎縮している、●「自分たちは信用されていない」と経営者に対して不信感を抱き始めた、などです。さらに、●「本来の目的(不正防止)を忘れ、ルールを守ること自体が目的になってしまって、本末転倒になっている」という声も聴いたことがあります。
そこで近年いわれているのが、「正当化」を排除する仕組みづくりの重要性です。

正当化を排除する仕組みとはどういうことか? 次回引き続き検討したいと思います。(次回に続く)

今回のリスク:管理職・一般社員が注視すべきオペレーションリスク

 

 

(了)

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