ユーカリが丘線で空中散歩

公園駅に到着した「こあら3号」。ホームの柱の駅名を触ってみると、白いテープを切り貼りしてつくったような感触があった

 千葉県佐倉市のユーカリが丘駅を起点に、ラケット状の環状運転をしている「山万ユーカリが丘線」。梅雨の晴れ間がのぞいた6月中旬に初めて訪れた。

 「ユーカリが丘」というのはニュータウンの名称。そして「山万」は、ニュータウンを開発した不動産会社。この路線名からも分かるように、ユーカリが丘線は不動産会社の鉄道事業部が運営する極めて珍しい形態である。

 京成本線のユーカリが丘駅前から少し歩くと、山万のユーカリが丘駅に着いた。運賃は一律200円だが、窓口で1日乗車券(500円)を購入。ニュータウンの住民の足に特化しているはずなのに、1日乗車券があるとは! さらに驚かされたのは、今では貴重な「硬券」の入場券(200円)を発売していること。鉄道ファンもしっかりと視野に入れているようだ。

 切符を通すと「ガッチャン」と大きな音がする年代物の自動改札機を抜け、階段を上ると広々としたホームに出た。乗車するのは1982年11月の開業時から走っている1000形の3両編成。ユーカリといえばコアラ、ということで「こあら号」(1号から3号まである)と名づけられたアイボリーホワイトのボディーには、愛くるしいコアラのイラストがたくさん描かれている。

 微妙に丸みのある車体の正面は後方に大きく傾斜し、運転席側にしか窓がない非対称形。レトロ感があるほどでもなく、かといって斬新さもない。現在56歳の筆者にとって、これぞ「80年代スタイル」と感じさせるデザインだった。

 こぢんまりした車内も年季が入っている。車両の構造上エアコンが付けられないそうで(天井に送風機はある)、2段窓の上部が開いていた。日本ではここだけという「中央案内軌条式」の新交通システムは無人運転ではなく、運転士がしっかりハンドルを握っていた。

 走りだすとゴムタイヤ特有の滑らかな走行感もあるにはあったが、床下からはモーター音をかき消すような「カラカラカラ」という音が断続的に聞こえてきた。

 高層マンション群の脇を抜けると、最初の駅は「地区センター」これはまだ普通。その先は「公園」「女子大」「中学校」。これが鉄道の駅名か?

 インターネットで検索すると「〇〇公園」という駅名は全国に100以上あるが、ずばり「公園」はここだけ。「女子大」「中学校」もしかり。

 こんなシュールな駅名になったのは、不動産会社の山万が「その施設ができてほしい」という願いを込めて命名したから。2008年には新たな駅名を一般公募したが、利用者から「変えないでほしい」という要望が多く寄せられたため、今もそのままになっているという。

(上)女子大駅から、ユーカリが丘駅方向の高層マンションをバックに撮影。田舎でもない、都会でもない、何とも不思議な光景だった、(下)住宅街の中にある中学校駅。近隣の人たちはこのシンプルな駅名の方が愛着を感じるのかもしれない

 ちなみに公園駅のすぐそばには広々とした芝生があるユーカリが丘南公園が、中学校駅の一区画先には佐倉市立井野中学校があるが、女子大駅前には女子大のキャンパスはなく、1997になってようやく和洋女子大学佐倉セミナーハウスができた。

 ユーカリが丘駅から公園駅に到着した「こあら号」は、右に分岐して女子大、中学校、そして井野駅をぐるりと巡り、再び公園駅を経由してユーカリが丘駅へ。左回り(反時計回り)の一方通行で、その逆の運行はない。

 車窓も変化に富んでいる。公園駅からは左側に懐かしい里山の風景が広がる。一部には水田も残っていた。軌道はほぼ高架でモノレールのような印象だが、中学校駅を出ると戸建て住宅の間(切り通し)の直線を時速50キロまで加速し、そこから一気に下ってトンネルに入った。鉄道というより、テーマパークのアトラクションのような感覚を味わった。

 1周約5キロ、所要わずか14分のところを、乗ったり降りたり、駅から駅まで歩いたり、写真を撮ったりで、ユーカリが丘駅に戻ったのは約3時間後。鉄道ネタがたっぷりと詰まった“空中散歩”はおすすめです。

 ☆藤戸浩一 共同通信社勤務。ユーカリが丘は、不動産会社の山万が「家族の未来が見える街づくり」をコンセプトに開発を続けている。最初に分譲して終わりではなく、継続的に様々な年齢層に住宅を提供していくことで、人口バランスが高齢世帯に偏らないようにする手法は注目されている。

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