高所恐怖症だけどエベレストに登頂した登山ガイド、成功の鍵は”イマジネーション”? 世界で一番高い山、エベレスト。酸素が薄かったり、想像を絶する強風にさらされたりするなど登頂までの道のりは険しい。今回はそんなエベレスト登頂に成功した、登山ガイドの岩田京子さんに話を伺いました。実は岩田ガイド、脚立に立つのも怖いという高所恐怖症。しかし、相手は世界の最高峰。果たして岩田ガイドはどうやって今回の登山を成功させたのか、その鍵となったイマジネーションについて聞いてみました。

世界一高い山に登る人ってどんな人なんだろう?

エベレスト(標高:8,848m)は世界で一番高い山として、登山好きはもちろん、山をやらない人でも知っているほどの超有名な山。エベレストの他に、「サガルマータ」「チョモランマ」などとも呼ばれている。

デスゾーンと呼ばれる8,000mを超えた低酸素エリア、ちょっとした不注意で滑落してしまうような大量のクレバス。その他にも、落石や強風の危険などのさまざまな困難が待ち受けています。そんな厳しい環境の山に登る人って筋肉ムキムキで屈強な人イメージありませんか?

今回取材したのはこの方

”技術習得”だけじゃない!『また参加したい』と言わせる登山講習会の魅力って?」という記事を制作した時に出会った登山ガイド。
今年(2019年)の5月23日にエベレストに登頂し、その後ローツェへの登頂を行い縦走を成功させました。もちろん登山に必要な筋力や体力は持っていますが、想像していた筋骨隆々とした体格ではなく、いたって普通の女性。いや、めちゃくちゃ笑顔が素敵な女性です。

岩田京子さん
日本山岳ガイド協会認定登山ガイド。アウトドアメーカーで勤務した後、登山ガイドに。日本だけでなく海外登山などの添乗業務も行なっています。プライベートでは、ヒマラヤの8,000m峰も2峰登頂。(今回で4座目)

実は岩田ガイドは脚立の上に上るのも苦手な高所恐怖症。今回は、そんな岩田ガイドが世界で一番高い場所であるエベレストの山頂への登山を成功させた鍵について、エベレスト登山の写真と共に振り返ります。

そもそもなんでエベレストに登りたいと思ったの?

(エベレストの頂上)

死ぬかも知れない危険や、決して安くない費用をかけて「エベレストに登りたい」というモチベーションは一体なんなのでしょうか?

編集部 大迫

エベレスト登頂おめでとうございます!

いきなりお金の話ですみません。ぶっちゃけ今回の登山にどれくらいの費用が・・・?

岩田ガイド

ありがとうございます。

費用はだいたい500万円~1,000万円くらいと言われています。私は全額を払えず今は借金をしているので、たくさん働かないと。(笑)

編集部 大迫

そんな多額の費用や死ぬかもしれない危険をおかしてまでエベレストに登りたいのって、なぜなんですか?

岩田ガイド

最初に興味を持った時は、登山をはじめて間もない私でも知っていた山だったからです。当時は「行けるんだったら行ってみたいな~」くらいに思っていました。

編集部 大迫

そこまで強い思いではなかったんですね。

(ベースキャンプの様子)

岩田ガイド

強く思い始めたのは、6年前に初めてネパールへ行った時です。アンナプルナサーキットに行こうと情報収集をしていた時に、ある人に相談したら「今度エベレストに行くから、ベースキャンプでの仕事を手伝って。」と誘われたので付いて行きました。

編集部 大迫

かなり軽い感じっすね。(笑)

岩田ガイド

そこで無線連絡だったり、日本の会社とのやりとりなどの手伝いをしたんです。みんなの頑張りを見た時に「私、絶対ここに戻ってくる!」って思いました。

編集部 大迫

エベレスト登山に関わる人たちの姿に惹かれたんですか?

岩田ガイド

はい。それから体力とか精神力をもっと高めないといけないと思って、山に入り込むようになりました。

「できることを諦めたくない」

エベレスト登山に挑む人々の姿から、自分もチャレンジしたいと思った岩田ガイド。その裏側には、体が弱かった子供の頃の経験が関係していました。

岩田ガイド

実は子供の頃、喘息がかなりひどくて、まともに通学できないこともあったんですよ。そんな感じだから体育の授業や遠足、友達と遊んだりなど、いろんなことを諦めて我慢することが多くて・・・

編集部 大迫

今の明るい岩田ガイドからは想像できないですね。

岩田ガイド

体のことだから仕方ないと思いながらも、どこかで悔しかったんです。ひどい発作がでると酸素吸入しても「あとは頑張ってください」みたいな感じで。

編集部 大迫

いつ頃、元気になったんですか?

岩田ガイド

中学生の頃にかなりひどい発作が出たんですけど、そのうち大人になるにつれて治っちゃったんです。

なのでいろいろと諦めてきた反動で「よ~し、やるぞ~!」みたないな感じで。(笑)だから高い山に登りたいのは、自分がどこまで頑張れるのか知りたいんですよね、きっと。

編集部 大迫

その記録をブログで発信されているんですね。

岩田ガイド

ブログも最初は母への報告のつもりで始めたんですよ。こんな所行ったよ~とか、元気にやってるよ~みたいな。今は、自分が見れて良かった景色を、頑張ってもそこに行けない人やそこに行きたいと思っている人に見てもらいたいと思って発信しています。

エベレスト登頂に大切なことって?

「できることを諦めたくない」「どこまで頑張れるか知りたい」という気持ちで望み達成したエベレスト登頂。しかし、世界最高峰は気持ちだけで登れるほど甘くないはず。実際にやったことを聞いてみました。

編集部 大迫

エベレストを登るために、どんなトレーニングしたんですか?低酸素ルームでひたすらダッシュみたいな?

(低酸素室でのトレーニングのイメージ)

岩田ガイド

そこまで特別なことはしてないです。(笑) エベレスト登山の遠征ではベースキャンプへ歩いて行ったりなど、長期間の滞在になるので、まずは体調管理。基礎体力も落ちないようにしないといけないんですけど、そこは仕事でガイドをやっていて山に入るので大丈夫でした。

あと、仕事以外で空いた日がある時は全部山に行って、少しだけ速いペースで歩いて息を上げながら歩きましたね。

編集部 大迫

そこまで特別なことはしないんですね。

岩田ガイド

あと、ミウラ・ドルフィンズの低酸素施設も少し使わせてもらいました。それはトレーニングというよりは、確認という感じで。

編集部 大迫

どういうことですか?

岩田ガイド

3,000m、4,000m、5,000mなどの酸素の状態を体験することで「そういえばこんな感じだったな~」と、体に感覚を思い出させるような感じですね。事前に体験しておくと、パニックにならずにすみますから。

「イメージできないことは、成功しない」

(氷がつるつるに凍ってしまっている。)

岩田ガイド

今回、エベレストとローツェ(エベレストの隣の山)に登ったんですが、エベレストは情報がたくさんあるので登るイメージができてたんですけど・・・。ローツェの方はエベレストに比べると少なくて、なかなか登頂のイメージができなかったので、出発直前までローツェに登ったことがある人に話を聞いて情報を集めました。

編集部 大迫

普通の登山でも、しっかりコース情報を集めて予習することは大切ですもんね。8,000m級の山ともなると、少しの判断ミスが命に関わるでしょうし、成功イメージを持つための情報収集はより大事になりますね。

岩田ガイド

そうですね。これはどんな登山にも共通すると思いますよ。ちょっとした岩場を登る時も、どうやって足を置けばよいのかなどを瞬時にイメージしているんです。なので、自然にイメージできるように情報収集は大切ですね。

編集部 大迫

エベレスト登山から自分でも活かせることがあるなんて、なんだかちょっと感動しちゃいます。

”高所恐怖症”の岩田ガイドが世界一の山を登るためにやったこと

(高度感も相当なもの)

頑張らないとクリアできないかな?という登山を成功させるのも一つの楽しみ。実は岩田ガイドは高所恐怖症。いったいどうやって「世界で一番高い山」の恐怖を克服したのでしょうか。

編集部 大迫

岩田ガイドって、高所恐怖症でしたよね。どうやってあんな高いところ克服したんですか?

岩田ガイド

ふふふ。エベレストに登っている時に、きっと高い所で怖がってパニックになったり、必要以上に酸素使っちゃったりって思ってたんです。なので、日本でも足がすくみそうな場所に行きました。ジャンダルム※1とか不帰ノ嶮(かえらずのけん)※2とか。

※1:北アルプスの奥穂高岳の西南西にある岩稜。ドーム型の特徴的なカタチをしている。※2:北アルプスの白馬岳と唐松岳の間に位置する、岩稜帯。高度差のある岩場を長時間緊張して進むエリア。

編集部 大迫

まるで北アルプス難所ツアーですね。(笑) 以前、登山ガイドなのにガイドさんを雇って登ったっておっしゃってましたね。

岩田ガイド

「やりにくいよ!」と言われましたが、そのおかげで安心してトライできました。そういった練習の成果もあって、エベレストではそれほど恐怖を感じることなく登れました。

しっかりと自分を知ることが大切

編集部 大迫

僕もかなり高所恐怖症なので高い所に行くと、必要以上にびびって体力消耗しちゃうんですよね。それに事前に調べていても、前日の雨で突如ルートが難しくなることもあるじゃないですか。

岩田ガイド

ありますね。一つ言えるのは、マイナスのイメージを持つことは先にあるリスクを想像できているということだから、いざという時はそういう人のほうが対処できたりすることもあるんですよ。

編集部 大迫

そうなんですね。克服できないにしろ、多少マシにする方法はないですかね?

岩田ガイド

自分がどうやったら怖くないのかを理解しましょう。

編集部 大迫

具体的に言うと?

(ロープて繋げられたはしご。なんとも頼りないが、これがあるのとないのとでは大きく変わる)

岩田ガイド

私、脚立の上に登るのも怖いんですよ。(笑) でも、足だけじゃなく脚立を手で持ちながら登ると少し怖さが和らいだり、さらに脚立にしがみついてると怖さもマシになります。

編集部 大迫

それだと動けないですけどね。(笑)

岩田ガイド

確かに。(笑)でも、しがみついている間に「大丈夫、大丈夫」と呪文を唱えて、気持ちを落ち着かせてました。

編集部 大迫

でも、そうやって自分の怖いと感じる気持ちをどうやれば和らげられるのかを知っておくと、そういった場面に出くわした時もパニックにならずに対処できるということですね。

岩田ガイド

そうそう。「自分はいろいろやったから大丈夫!」と思うと、怖いけどしっかりと足に体重をかけられるようになるので、安定するんですよ。場数を踏んで、”大丈夫”をイメージできるようにするのが良いですね。私も事前に北アルプス難所ツアーをやったので「自分は行ける!」と思えたのは、エベレスト登頂というチャレンジの成功にも大きかったと思います。

『チャンスがあればいつでも飛びつきたい!』

「小さい頃、いろんなことを我慢して諦めていた反動ですよ~」と終始笑顔でエベレストの話をしてくれた岩田ガイド。

長い登山遠征期間中のスタッフや現地の人たちとの交流が登山の楽しみのひとつだそう。そういった現地の人とのコミュニケーションや現地の空気、雰囲気を感じることで、単にピークハントをするだけよりも「山に登らせてもらうこと」がより楽しくなるそうです。

「エベレストに登った人」というと、なんだがすごく特別な存在に感じますが、岩田ガイドの持つほんわかとした雰囲気はいい意味でそれを感じず、楽しくエベレスト登山の話を聞くことができました。そして「チャレンジできるチャンスがあれば、諦めずに飛びつきたい!」という言葉からも分かる通り、まだまだいろんな景色を見せてくれそうです。

岩田ガイドの遠征のブログが読みたい方はこちら

(取材終了後、YAMA HACKオリジナルシール(実は防水仕様)をお渡ししたところ、いつも使ってくれている水筒に貼ってくださいました)

岩田ガイドのブログ

岩田ガイドからエベレストの景色を共有してもらいました

(貴重なエベレスト山頂からの景色)
下の氷(雪)の部分だけが溶けて、上に乗った石が取り残されている不思議な様子)
(トイレ。大と小のトイレは別なので、同時に用をたすことはできない。意外と難しそう。)

(高度5,000m以上のエリアでこんな壁を登るなんて、かなりハード。)

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