静岡発のドキュメンタリー番組を映画化した「イーちゃんの白い杖」が東京で上映。橋本真理子監督が込めた思い

静岡発のドキュメンタリー番組を映画化した「イーちゃんの白い杖」が東京で上映。橋本真理子監督が込めた思い

1999年、テレビ静岡はドキュメンタリー番組「イーちゃんの白い杖―100年目の盲学校―」を制作・放送した。当時、静岡盲学校で学んでいた生まれつき目が見えない少女・小長谷唯織さんの姿を追ったものだった。以来スタッフは20年にわたり、唯織さんと重度の障がいがある弟の息吹さん、そして姉弟を支える家族を取材。そして昨年11月、テレビ静岡開局50周年を記念して映画化、静岡県内の映画館で公開された。映画は反響と感動を呼び、6月29日から東京でも公開。それを前に、映画制作までの経緯、作品に込めた思いなどを橋本真理子監督に伺った。

──20年前に、静岡盲学校を取材された時に唯織さんと出会ったそうですね。

「そうです。盲学校が100周年を迎えたことをニュース番組で取り上げるために取材に行き、イーちゃん、唯織が廊下を走っている姿を見かけました。全盲のお子さんがあんなに速く走ることはできないだろうと思い、少し見えている弱視さんと思って盲学校の先生に確認したところ、全盲である、と。目が見えないのにどうしてこんなに元気に育ったのかと気になって、その日のうちに彼女にインタビューをしました。すると小学2年生なのにしっかり受け答えをして、さらに興味が湧きました。その後、この子をもっと深く取材したいと思いつつお宅にうかがうと、弟の息吹が寝ている。最初はただ寝ているだけかなと思ったら、お母さんの和美さんが『重度の障がいで、1人では何もできないんですよ』と笑いながら教えてくださった。それで家族全体を取材したくなり、その旨を伝えて、許可をいただきました」

──その時点で、いずれ番組としてまとめる予定はあったんですか?

「いえ。ただその頃、ドキュメンタリー企画を記者から募集していて、もともと私は障がい者を題材にした企画を手がけてみたかったので、小長谷家を取材することで何か形にできるかな、とは思っていました。私が小学4年生の時、父親が口腔がんを患って言語障がいになり、障がい者手帳を持つようになりました。それがきっかけで障がい者教育に興味を持ち、記者になってからはいつか障がい者を取材したいと思っていたんです」

──それで1999年に「イーちゃんの白い杖―100年目の盲学校―」が放送された、と。

「その時はイーちゃんが主人公なので、視覚障がいとはどんな世界なのか、盲学校の教育がどんなものなのかを視聴者の皆さんにお伝えすることが主題でした。だから息吹はあまり映していません。『白い杖』を放送して、それで終わろうと思っていたんですけど、この子たちはこれからどうやって生きていくのかが心配だったこともあり、その後も仕事が休みの日に取材に小長谷家にうかがっていました。趣味で追いかけたというか(笑)。ただ途中途中にニュースの企画で放送はさせてもらっていて、それをまとめる形で、2010年に『いおりといぶき-私たちが生まれた意味-』を放送しました。唯織が主人公ですが、弟の息吹との絆をテーマにまとめた番組です」

──取材対象が目が見える人間であれば、「あなたを撮影した映像が、こういう形になりました」と作品を見せて、その反応や感想を聞くことができます。でも唯織さんに対してはできない。それに関して、どんな考えをお持ちですか?

「あの子はよく『心の目で見ている』と言いますが、音は聞こえているし、気配を感じているので、どういう感じで自分が撮られ、映し出されているかは分かっている。私たちが考えている以上に見えているはずです。私自身、取材を続けていくなかで唯織が目が見えないという感覚がなくなりました。取材する記者の立場ではなく、対等の立場でけんかしたこともありましたし、無気力になっていた頃は怒ったこともあります」

──映画には2011年以降後の映像もあります。2回目の番組以降もずっと取材されていたということですよね?

「ええ、だいたい休みの日に。息吹が入退院を繰り返していて、いつまで取材できるか分からないということもありまして、入院したと聞けばお見舞いも兼ねて撮影しに行っていました。昔はビデオテープで、今はディスクですけど、700本くらいの映像素材が残っています」

──そうやって取材を続けてきて、今回1本の映画になった。映画制作のきっかけは2016年に神奈川県相模原市で起こった重度障がい者を狙った殺人事件だそうですね。

「犯行理由が『生きている意味がないから』。許せませんでした。誰にでも生まれてきた意味、生きている意味がある。それを伝えたくて、映画化を思い立ちました。実現は簡単なことではなかったですが、テレビ静岡が50周年を迎えまして、記念企画を募集していたので、そこで申し込んで形にすることができました」

──20年間、取材をして印象に残っている出来事は? 盲学校の担任の先生が唯織さんに天井の高さを実感させようとした時、唯織さんが「天井って何?」と質問したところは、ハッとさせられました。

「天井のシーンは私たちスタッフも印象に残っています。あとは暗闇でピアノを弾くシーン。明るい部屋で見るテレビと違って、映画館は周りが真っ暗ですから、より現場の空気感が伝わる。あそこは映画でお見せできてよかったと思います。それからイーちゃんが悩んでいる時、その場でぐるぐる回ったところ。自宅の2階の部屋で回っているのを目にした時は私たちも驚きました。外で景色の映像を撮影していたら、回っているのが見えたので、カメラを向けました」

──確かに驚きがあるシーンでした。

「実は最初は何かの病気だろうか、成長したら治るだろうかと思って、1本目の番組では使わなかったシーンなんです。でも成長してからもまたぐるぐる回ることがあった。視覚障がいの方の多くが、ストレスが溜まった時などにああいう状態になると分かったので、彼女とも相談して、今回の映画では使いました。あとはインタビューでの発言も、たくさん心に残っていますね。『命は一つ』とか、『なんのために生まれてきたのか』とか」

──映画化は実現し、まず静岡で上映されました。お客さんの反応に接した時の感想は?

「テレビは視聴者の方の生の声を聞くことができませんが、映画館はどのシーンで笑うのか、あるいは泣くのを肌で感じることができて、とても勉強になりました。20年間小長谷家を取材してきて、私自身にも大変な時期がありましたが、あの家族を見ていると、自分の大変さなんて大したことはないと思うことができた。そういう自分がもらった元気なり勇気を、多くの方にも感じていただきたい。障がい者のことを知ってもらいたい気持ちはもちろんありますが、この家族の姿を見た方に元気になってもらいたい、頑張ろうと思っていただきたい、というのが狙いであり願いでもありました。だから上映後に『自分も病気を抱えているけど、イーちゃんを見て元気をもらった』という声に接して、映画を作ろうと思ってよかった、完成させることができてよかったと実感しました」

──必要以上に感動させようとか、目が見えなくても頑張っているんだと強調するのではなく、目が見えない同士でもいじめがあることを淡々と説明したり、フラットに撮影している印象がありました。

「障がい者は大変なんだ、分かってほしい、という映画にはしたくありませんでした。障がい者を笑うことに抵抗がある方もいらっしゃるでしょうけど、小長谷家の皆さんは明るいし、よく笑う。その明るさを届けたいし、それをご覧になって大いに笑っていただきたいと思いました。それもあって思い切ってナレーションを春風亭昇太さんにお願いしました。昇太さんが静岡出身ということが起用のきっかけではありますが、時々ツッコみたくなるんですよね、あの家族は。お父さんが大変な時にこそ冗談を言ったたりするし(笑)。なので、昇太さんに絶妙にツッコんでほしかった。昇太さんは映画のナレーションは始めてで、一生懸命取り込んでくださいました。でも唯織と息吹のシーンになると、どうしてもダメだと、見られないとおっしゃって。ナレーションを収録している時もそのシーンになると下を向いていましたね」

──そんな映画が東京でも上映されることになりました。

「ドキュメンタリー映画は東京で上映されて、そこから各地に広がっていく流れがあります。これをきっかけに、全国の映画館で上映していただけたらありがたいです。SNSが発達したおかげで自主上映会の申し込みもいただいています。学校や公民館とか小さい場所でもご覧いただけるとありがたい。両方で全国的に広がればいいなと思っています」

──最後に改めて今回の作品の見どころをお願いします。

「まず障がい者の映画というより、家族の映画としてご覧いただけたらいいなと思います。悩んだり、なぜこんなにうまくいかないんだと憤ることは誰でもあるし、生まれてきた意味はあるのかと自問することもある。でも必ずあると思っています、それを考えるきっかけになってくれればありがたいと思います」

【プロフィール】


橋本真理子(はしもと まりこ)
1970年生まれ。静岡県御殿場市出身。93年、テレビ静岡入社。沼津支社で報道、静岡市政、静岡県政記者を経て、2007年ニュースデスク、ニュース編集長を担当。18年7月よりシニアプロデューサー。19年3月より、情報ニュース部長として新番組「ただいま!テレビ」の立ち上げに奔走中。小長谷家を取材した番組のほか、「こちら用務員室―教育現場の忘れ物―」(01年)、「章姫-父が残したイチゴ-」(07年)、「いのちの乳房-再建に挑んだ女神たち-」(12年)など多くのドキュメンタリー番組を手がけてきた。

【作品情報】


「イーちゃんの白い杖」
6月29日~7月12日
ポレポレ東中野で2週間限定上映
上映回:①午前10:20~/②午後2:50~
※7月は兵庫県神戸市、静岡県静岡市で自主上映会を開催。

【公式サイト】http://www.sut-tv.com/ichan/

取材・文/佐藤新 撮影/蓮尾美智子

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