【明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は大村益次郎遭難から150年】 No.182

▲上野東照宮山門(東京都台東区)

(6月26日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

雨音とともに

 「枕元にあたる父の寝間で、始まったという一声がした。愕然として目を覚まし、耳をそばだてて聴きますと、世間はひっそりとしていますが、ただ車軸を流すがごとき大雨の音に和して、ドンドンという砲声と、あたかも豆を炒るようなパチパチという小銃の音が、耳を貫くばかりで、その光景は何といってよろしいか、真にすさまじい事でありました―」

 これは、上野から直線で3キロほど離れた、本所相生町(現・墨田区両国)に住んでいたある人物の回顧である。

 この日は、その人物の家の前を、草履ばきに袴の股立ちを深く袴の腰に挟み込んだ高股立姿で、襷を十字に綾取り、刀片手に走り行く者。結び目が額の前に来るように締めた向こう鉢巻姿で小銃を負う者。草鞋ばきで手槍を提げて行く者などが過ぎて行ったそうだ。

 また、上野からさほど離れていない浅草駒形町(現・台東区駒形)では、彫刻家の高村光雲も戦況を遠望していた。

 「ドドン、ドドン、パチパチという。陰気な暗い天気にこの不思議な音響が響き渡る。何ともいえない変な心持であります」

 降りしきる雨の中、砲声と銃声が鳴り響いた。

(続く。次回は7月10日付に掲載します)

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