【特集】「歴史的」会談。でも、文大統領には厳しい評価

 板門店で対面するトランプ米大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(中央)、韓国の文在寅大統領=30日(聯合=共同)

 実にめまぐるしい、怒濤(どとう)のごとき一日となった。

 2019年6月30日。韓国に住むほとんどの人がこんな思いを抱いたに違いない。そう、南北軍事境界線がある「板門店」で米朝韓の首脳が一堂に会しただけでなく、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長による米朝首脳会談が行われたのである。さらに、トランプ大統領は現役の米大統領として初めて北朝鮮側に越境した。

 大阪で開催された20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)に出席した後に、韓国を訪れたトランプ大統領。まず、文在寅大統領と会談し、今後の北朝鮮をめぐる関係や問題について話し合った。ところが、この後に「まさか」の展開が待ち受けていたのだ。会談後にトランプ大統領と文大統領が「板門店」に移動したという速報が流れたのに続き、金正恩氏もヘリで平壌を出発したという速報も入った。昨年4月に文大統領と金委員長が板門店で会談しているが、その時はあらかじめ決まっていたことで心の準備ができていた。今回の驚きとは比べようもない。その後も、速報が立て続けに入る。自然とテレビから目が離せなくなった。

 「史上初」という歴史的な瞬間に立ち会うことを好むトランプ大統領と支持率の低下から巻き返しをはかりたい文大統領の思惑が見え隠れする今回の米朝首脳会談であったが、今回の出来事を韓国の人はどのように受け止め、捉えたのだろうか?

▼冷ややかな反応

 「低迷している文大統領の支持率も回復するのではないか?」。電撃的な出来事なだけに当然、そんな声が聞かれた。しかし、盛り上がりを見せていたのは当日のみ。翌日には国民の盛り上がりが一気に引いたようだった。そう、金委員長との初対面を果たし文大統領の支持率が跳ね上がった18年の南北首脳会談の時とはまるで違ったのだ。

 韓国国内最大のポータルサイト「NAVER(ネイバー)」のニュースランキングを見ると、今回の米朝首脳会談後に関する文大統領の発言に関する複数の記事が上位にランクインしている。しかしながら、そこに書き込まれたコメントの多くを手厳しい意見が占めていたことには正直驚かされた。

 例えば、聯合ニュースが報じた「米朝は事実上敵対関係が終息した」という文大統領の発言。これに対しては「そんなことを発言できる立場にあるのか?」や「何を根拠にそんなことが言えるのか?」、「一人で『平和』だの『終息』だのと言っているとはあきれる」などといった厳しいコメントが多数寄せられていた。

板門店の韓国側施設で握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領=30日(ロイター=共同)

 こうしたことから、今回の米朝首脳会談の韓国が果たした役割や立ち位置を過大に評価し舞い上がっているのはマスコミと政府だけという感が否めない。

 いたずらに会談を重ねるだけで目に見える新たな進展や成果が表れていないことが、国民から見ると「単なるパフォーマンス」という風に感じるのだろう。このことがコメント代表されるように冷ややかな反応につながっているとも言える。それゆえ、文大統領と国民の間には「かなりの温度差」があることがうかがえる。

▼北朝鮮問題よりも経済を

 今回の米朝首脳会談で韓国が「橋渡し役」を担っただけでなく、米朝韓の首脳が集まったのが板門店という象徴的な場所だったことの裏には、国民に南北の「平和」や「統一」のために文大統領自身が尽くしている姿勢をアピールする狙いもあったことは疑いようがない。同時に20年4月に行われる国会議員の総選挙、そして21年の大統領選挙を視野に入れた動きであったものとも思われる。

 とはいえ、今回のことが文大統領の政権運営に対する支持率回復の起爆剤になるかは未知数であると言えよう。加えて、韓国国内に目を向けると「経済」を中心とした問題が山積みである。特に7月1日に半導体素材の韓国への輸出規制を日本政府が開始するなど悪化の一途をたどっている日韓関係をどう収めるかは喫緊の課題だろう。

 偏重しているとされる文大統領の外交姿勢に懸念や疑念を持っている国民は多い。そこに、低迷を続ける韓国経済がさらなる打撃を受ける恐れが出てきたことで危機感が高まっている。「パフォーマンス」と批判されている「北」との外交をこのまま続ければ国民からの支持は得られず文大統領は厳しい矢面に立たされそうである。(釜山在住ジャーナリスト・原美和子=共同通信特約)

南北軍事境界線を越えるトランプ米大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。手前が韓国側で奥が北朝鮮側=30日(ロイター=共同)

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