仙台大の松尾佑介、「横浜FCでデビューした11日後に横浜FCと対戦する」心境を聞いてみた

運命の一戦に全てをかける。プロ、アマチュアのチームが日本最強を争う天皇杯で、宮城県代表・仙台大が健闘している。

JFL2位(6月25日現在)のソニー仙台との県代表決定戦を制し、3年連続でJ3・福島ユナイテッドを撃破して本選に進出したいわきFCを立て続けに破った。

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同大は2回戦(7月10日午後7時、ニッパツ三ツ沢球技場)でJ2・横浜FCと激突する。この対戦に来季横浜FCに加入が内定した松尾佑介は闘志を燃やしている。

6月29日に行われたJ2・横浜FC対ファジアーノ岡山戦に特別指定を受け背番号37をつけてプロデビューを飾った。ファーストプレーで鋭いドリブルからシュートを放ち、先制弾と決勝点を演出するなど攻撃のカンフル剤となった。

両チームでプレーする松尾が、決戦前に思いを語ってくれた。また仙台大の独自の改革やクラウドファンディングも紹介する。

浦和レッズで味わった挫折

来季自身が所属するチームと戦う機会を得た。この数奇な巡り合わせに深緑(仙台大のチームカラー)の10番は胸を高鳴らせている。

「自分が所属するチームと対戦する機会は一生のうちに2度もない。本当に楽しみ」。

おそらく松尾にとって、勝敗に関係なく生涯で忘れられない戦いになるだろう。だからこそ1つ、1つの言葉に期待感と力が込められていた。

「チャンスは数少ないと思う。一方的に押し込まれる展開になるかもしれない。それでも、あいつら(仙台大イレブン)と一緒にこの試合を勝ちたい」。

大学4年最後の夏、最高の大一番を心待ちにしていた。

プロデビューを果たした松尾は「遅咲きにも良さがある。そういう選手はこれからが楽しみじゃないですか」と笑みをこぼした。

その言葉通り、プロになるまで険しい道を歩んできた。浦和レッズユースで研鑽(けんさん)を積んできたが、「自分たちは谷間の世代だった」という。

同期にはトップチーム公式戦最年少得点記録を持つ邦本宜裕(2014年退団、韓国1部慶南)、新井瑞希(J3・富山)らがおり、Jユースカップ初制覇など結果を挙げてきた。だが頂点の壁は厚く、97年生まれ世代でプロに昇格した選手はいなかった。

その中でも松尾はトップチームの練習に一度も参加できず、挫折を味わった。それでも転機はすぐ先にあった。

仙台市出身で当時ユース監督だった大槻毅現トップチーム監督の勧めや、同ユースから仙台大に進学したフィリピン代表の佐藤大介(タイ1部ムアントンユナイテッド)の影響もあり、みちのくの強豪に進学した。

その後は名将・吉井秀邦監督兼GM(以降監督)の下で、東北学生リーグ2017年シーズンは14試合25得点で得点王、翌年には12アシストでアシスト王に輝くなど傑出した才能が花開いた。

憧れの舞台に向けて着実に一歩ずつ足跡を刻んできた。そして今、追い求め欲した場所にたどり着いた。6月12日に横浜FCから松尾の加入内定が発表された。

「大学に入ってからプロを目指していたけど、オファーが来たときはびっくりした。(自分が)目立っていたわけではないので、運がよかったと思う。本当にホッとした」

と振り返った。

17日に同大キャンパス内では加入内定会見が行われ、フラッシュを浴びながら水色のユニホームに袖を通した。プロ入りまでまばゆい脚光を浴びることがなかった。それでも遅咲きと自称する松尾は、念願の切符をつかんだ。

9年連続でJリーガーを輩出

重心の低い鋭いドリブルから敵陣に切り込むプレーが最大の持ち味。

さらに一瞬で相手を置き去りにするスプリントに、ゴール前ならワンツーを用いた連係、膠着(こうちゃく)状態ならスルーパス、サイドチェンジで局面を打開するなど変幻自在の攻撃が売りだ。

「大学に入ってから視野も広がった。当たり負けないフィジカルも身につけたから、プレーの幅が広がった」

と手応えを口にする。

J1・ベガルタ仙台とアカデミックパートナーシップを締結している同大は、これまで仙台から瀬川誠氏がヘッドコーチ(昨年まで)として派遣され、現在は吉田裕幸氏が同職を引き継いでいる。

プロのコーチングや整備された環境により同大はJ1・セレッソ大阪の奥埜博亮や仙台の蜂須賀孝治など9年連続でJリーガーを輩出し、大学サッカー界で存在感を見せている。

「浦和レッズユースと比べても遜色(そんしょく)はないと思う。高いレベルでサッカーができたことは大きかった」。

たくましく育ったイレブンたちは、プロとの対戦でも結果を出している。

昨年9月のベガルタ仙台との震災復興マッチは1-0で勝利し、今年3月にはJ2首位(6月30日現在)モンテディオ山形との練習試合では3-2で白星を挙げている。

プロと臆さず戦ってきたイレブンにとって、ジャイアントキリングは夢物語ではない。

一足先にJデビュー

天皇杯2回戦が行われる神奈川サッカーの聖地・ニッパツに、松尾は仙台大イレブンより一足先に立つことができた。6月29日午後18時に気温21.9度、湿度90%と蒸し暑い中、J2・岡山との試合が行われた。

背番号37はベンチから試合を観戦していたが、出場機会はすぐに回ってきた。前半15分にFW草野侑己が左太ももを負傷。交代選手に呼ばれたのは、入団の内定が発表されてまもない松尾だった。

アップをする間もなく、同18分にデビューの瞬間が訪れた。すぐにすね当てを身につけてピッチサイドに立つと、交替ボードに背番号37が点灯した。だがルーキーは「意外と落ち着いていた。周りが見えていた」と緊急出場にもかかわらず冷静だった。

その強心臓はすぐにプレーに表れた。左サイドでDFヨン・ア・ピンから浮き球パスを受けると、ペナルティエリアに切り込んでクロスを上げた。

「ファーストプレーはいったろ!って」。

クロスはクリアされるも、再びヨン・ア・ピンからパスをもらい、鋭いドリブルを仕掛けた。華麗なダブルタッチでDF2枚をはがしてシュートを放つも、惜しくも相手GKにセーブされた。

この攻めの姿勢がチームに勢いをもたらした。前半41分には素早くMFレアンドロ・ドミンゲスに縦パスを通して、先制点を演出。後半6分にはDF北爪健吾に繋いで、決勝点の起点となった。結果は5―1と大勝劇に一役買ったが「(デビュー戦で)ゴールやアシストをしたかった」と、満足していなかった。

決戦前に会心のプロデビューを飾った。だが「(天皇杯前に)このピッチで試合ができたことは大きかった。ただ…」と、歯切れが悪かった。それはファンの存在だった。

「試合中は周りの声や音が気にならなかったけど、終わってからサポーターの声援に驚いた。応援は選手の後押しになっている。これがサポーターの力かって…。横浜のサポーターの前で、試合をやるのは厳しいと思った」。

これまでプロと練習試合や親善試合で白星を挙げてきたが、公式戦はプロだけでなくファンとも対峙しなければならない。その存在感の大きさを、身にしみて分かった。それでも引くわけにはいかない。

「横浜FCサポーターのみなさまには怖いと思わせたい。この選手怖いなって思ってくれたら、来年は(横浜FCの一員として)心強いじゃないですか」

と燃えていた。

決して平坦な道のりではなかった。

悔し涙も流すこともあれば、勝利を分かち合う経験もできた。それだけに、4年間ともに汗を流した最高の仲間たちと金星を勝ち取りたい。

「あいつら(仙台大イレブン)は勝つとめちゃくちゃ喜ぶんですよ。それは勝利の喜びをすごく実感できる。大学最後の年っていうのもありますけど、一緒に勝ってあいつらと喜びたい」

と言葉に力を込めた。

この試合は松尾や仙台大イレブンにとって、何よりも大きな財産になるだろう。運命の決戦は選手だけでなく観戦者の脳裏にも深く刻まれるはずだ。

仙台大サッカー部の取り組み

話は変わり、現在仙台大サッカー部は深刻な状況に置かれている。

同大は「会計の透明化」を掲げ、税理士を通して関係者に会計報告を行っている。部活は任意団体のため、本来は報告の義務はないが、吉井監督は堅実なガバナンス(組織統治)を目指している。

「会計の透明化を図ることで、しっかりとしたガバナンスをやっていると示せます。多くの部活動の資金管理は指導者や学生が行っていたため、不安が残るものでした」。

任意団体のために税理士や会計士を雇えない問題に直面することもあったが、税理士と共に学生が会計の指導を受けながら会計処理を行い、クリアな運営を実施している。さらに学生の勉強時間などを確保するために、週休2日を導入して学業と部活動の両立をサポートするなど、他に類を見ない取り組みも行っている。

そして東日本大震災の復興支援を目的に、被災地企業のユニホームの胸、背中スポンサーを無償提供した。学生サッカーの枠を超えた地域密着の社会貢献を続けている。

透明で堅実な運営を精力的に取り組んでいるが、遠征費などの出費が大きな課題となっている。「スポーツはお金がかかります。学生が遠征費を負担する場合もあり、アルバイトをしながら部活や学業に励んでいる学生もいます」と明かした。

遠征では1人5~6万円を負担する場合もあり、全国大会で勝ち進んだ場合は10万円に達することもあったという。

そこで天皇杯・横浜FC戦に臨む学生の負担を少しでも減らすために、クラウドファンディングが立ち上がった。

「選手が横浜FC戦に集中できる環境を整えたい。ご協力をお願いします」と吉井監督。クラウドファンディングは松尾選手のサイン入りオリジナルTシャツや、企業向けの胸スポンサー、背中スポンサー枠の貸し出しなどで寄付を募る。

松尾も「遠征費の負担が大きい状況です。イレブン全員が全力で戦うために、皆さまの寄付を必要としています。ご協力お願いします」。天王山を控える仙台大に、多くの助けが必要とされている。

仙台大サッカー部クラウドファンディング: https://readyfor.jp/projects/sendaisoccer

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