東京五輪開幕が約1年後に迫り、準備が着々と進められている。
大会のメインスタジアムとなる新国立競技場は、全体の9割近くの建設作業が完了。主役となる選手の選考も本格化し始め、個人第1号が決まった。
前回東京で五輪が開かれたのは1964年。その1年前も今のように慌ただしかったのだろうか。
1963年は、その後ノーベル文学賞を授与される米国のシンガー・ソングライター、ボブ・ディランが代表曲「風に吹かれて」を発表した年でもある。
「風」にまつわる印象的な歌詞は、今なお人々の心を揺さぶり続け、私もそのうちの一人だ。
スポーツの世界においても「風」は大きな影響を及ぼす。
例えば陸上の男子100メートル。2017年秋に桐生祥秀選手(日本生命)が日本人で初めて「10秒の壁」を突破し、今年6月にはサニブラウン・ハキーム選手(フロリダ大)が9秒97の日本新記録を樹立するなど、近年活気づくこの種目は、追い風2.0メートルを超えると参考記録となってしまう。
陸上担当記者は選手がゴールした瞬間、タイムはもちろん、その横に表示される風速にも注目する。
桐生選手は2015年に9秒87というものすごい記録をマークしているが、3.3メートルの追い風が吹いていたため、残念ながら日本記録としては認定されなかった。
6月下旬に福岡県の博多の森陸上競技場で行われた日本選手権では、会場のシャッターを開け閉めして風をコントロールしていたそうだ。
風に惑わされるのは屋外競技だけではない。実は、屋内競技のバドミントンでも選手は風を気にしている。
約5グラムのシャトルに対して繊細なコントロールを必要とする競技だけに、空調などのわずかな風でも影響を受ける。
その何センチが、アウトとインを分け、その積み重ねが勝敗を分けることもある。
女子シングルスでリオデジャネイロ五輪銅メダルの奥原希望選手(太陽ホールディングス)は、コントロールを持ち味とする選手だけに風を重視。「会場によって風が違う。環境に合わせて作戦をチョイスしないといけない」と話していたことがあった。
風が強いことで有名なのは、バドミントンが盛んなインドネシアのジャカルタの会場。
複数のコートで行われる大会序盤は、コートによって異なる風の吹き方を把握することも大事になる。
昨年のジャカルタ・アジア大会では、前日までと違うコートでの試合となった女子ダブルスの松友美佐紀選手(日本ユニシス)が「あのコートだけ縦風が逆だよ」とコーチから助言を受けている場面があった。
また、1試合の中でも第1ゲームと第2ゲームでコートを入れ替わるため、風向きは逆になる。
バドミントンはコート後方へのショットがポイントの一つで、どこまで深く打てるかがプレーに大きく関わる。
向かい風のコートからは思い切ってシャトルを打てるので「やりやすい」という選手が多く、反対に追い風のコートからはコントロールが「難しい」との声をよく聞く。
来年の五輪のバドミントン会場は東京都調布市の武蔵野の森総合スポーツプラザ。同会場で行われる7月後半のジャパン・オープンは大事な試金石の場となるだろう。
そして、1年後の2020年。4年に一度の大舞台はどのような結末になるのか。答えは風の中にある。
岡田 康幹(おかだ・やすき)プロフィル
2010年共同通信入社。福岡支社運動部、広島支局でプロ野球を担当し、17年1月に本社運動部へ異動。バドミントンや陸上など一般スポーツを取材する。東京都出身。