【中原中也 詩の栞】 No.4 「梅雨と弟 『少女の友』昭和12年8月号」

毎日々々雨が降ります

去年の今頃梅の実を持つて遊んだ弟は

去年の秋に亡くなつて

今年の梅雨にはゐませんのです

 

お母さまが おつしやいました

また今年も梅酒をこさはうね

そしたらまた来年の夏も飲物があるからね

あたしはお答へしませんでした

弟のことを思ひ出してゐましたので

 

去年梅酒をこしらふ時には

あたしがお手伝ひしてゐますと

弟が来て梅を放つたり随分と邪魔をしました

 

あたしはにらんでやりましたが

あんなことをしなければよかつたと

今ではそれを悔んでをります……

 

【ひとことコラム】

毎年梅酒を作って翌年に備える、日常とはそんな営みの繰り返しです。すでに日常に戻ったように見える母に対して、姉は昨年秋で時間が止まってしまった弟を思い続けます。少女雑誌に掲載された詩ですが、二人の弟と愛児に先立たれた中也の実体験が濃い影を落としています。

中原中也記念館館長 中原 豊

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