「イグノーベル賞の装置」買える、講談社がクラファン参入

2012年にイグノーベル賞を受賞した、おしゃべりな人を邪魔する装置「スピーチジャマー」を自作できる――。そんなキットが手に入るかもしれない「新型クラウドファンディング」のプラットフォームを講談社が開始しました。

その名は「ブルーバックス・アウトリーチ」。自然科学分野の研究者を応援するプラットフォームです。クラウドファンディングサービスが乱立する中、出版社が新たに始める狙いは何か、記者会見の内容から探ります。


研究者が製造から発送までしなくていい

ブルーバックス・アウトリーチは、一般的な購買型クラウドファンディングと同様に、目標金額に到達するとプロジェクトが成立し、支援者に商品やサービスが届けられる「All-or-Nothing型」がメイン。

しかし、大きく異なるのは、支援者に届けられる商品やサービスの受注、製造、発送までを講談社が手がける点です。第一事業戦略部副部長の長尾洋一郎さんは、「一般的なクラウドファンディングでは、製品を作って届けなければならない、個人情報を扱わなければならないことに、ハードルの高さを感じている研究者が多い」と説明します。

「ブルーバックス・アウトリーチは、起案者(研究者)と支援者を直接結ぶ矢印が一本もありません。講談社が商品を研究者のみなさんと一緒に作り、講談社が販売元となって、個人情報の取扱いや、資金の決済など一手に引き受けます。出版社が研究者から原稿をいただいて本を作るのと近いです」

注文が集まったら実際に作る方式で、厳密に言うとクラウドファンディング的な予約の仕組みを用いた「完全受注生産のECサイト」。この方式を活用することでメジャーな市場を狙う書籍とは異なり、ニッチな分野の研究にも新たな資金の流れを作ることができるといいます。

プロジェクトの公開までは、(1)研究者がサイト上から申し込み(2)編集者と相談しながら企画・商品開発(3)プロジェクトページを作成、という流れです。応募は大学に所属する研究者に限定していません。

イグノーベル賞の「スピーチジャマー」をキット化

7月26日には、スピーチジャマーでイグノーベル賞を受賞した津田塾大学の栗原一貴教授と、はこだてみらい大学の塚田浩二准教授の研究を応援するプロジェクトがオープンする予定です。

1つは「実用化は難しい」とも言われていた、スピーチジャマーをキット化するという内容です。スピーチジャマーは、ある人が話している音声を、少しだけ遅らせて本人に聞かせるとしゃべれなくなることを利用した装置。キット化して教育などに使ってもらうことを検討中といいます。

もう1つは、研究自体を支援する内容です。研究報告書、研究発表の動画を閲覧する権利、研究日記のメルマガなどに加え、9月に米国で開催されるイグノーベル賞の授賞式を栗原教授がリポートする、というリワードを想定しています。

栗原教授は滞在中の米国から寄せたビデオメッセージで、「私どもが行っている研究は、ちょっとおもしろおかしい形をとりながら、人々に考えるキッカケをもたらすようなもの」と語り、「すぐ売れるから、あるいはすぐに社会の役に立つから予算をください、というような、従来的な資金調達の方法では苦戦することがけっこうあります」と参加に至った経緯を明かしました。

書籍やサイトへ起用の可能性も

クラウドファンディングサービスが数ある中、出版社として新たに挑む理由について、ブルーバックス編集チーム長の篠木和久さんは、「ただ資金を集めるだけでなく、研究者支援に主題に置いています。立ち上げたプロジェクトを講談社のさまざまなメディアで告知もできる」と話します。

「個々人の研究資金は決して潤沢ではない状況だと研究者の方々に聞いています。また、研究者がアイディアを形にしたいとき、公的な研究資金に馴染まないものが多々あると、ブルーバックスの書籍を編集する中で気付かされました。研究者や技術者と応援したいユーザーをマッチングさせることで、科学研究に資することできれば」(篠木さん)

長尾さんによると、同プラットフォームの手数料は、一般的なクラウドファンディング業者と比べて、同等ないし低めの割合に設定しているそう。その理由は、プロジェクト成立のみが目的ではなく、応募者をブルーバックスのサイトや書籍へ起用する可能性も長期的に見込んでいるため。

直近の目標は、毎月3〜4件のプロジェクトがサイトに上がっている状態の実現。事業としての収益やプロジェクトの金額より、「一個一個のプロジェクトが達成すること自体に意味があると考えている」といいます。

かなり後発のサービスが市場で一定の地位を確立できるのか。まずはスピーチジャマーのプロジェクトが成立するかどうかが、今後を占う試金石となりそうです。

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