WHOの診断名に「ゲーム障害」が加えられ「性同一性障害」がなくなる

精神医学の世界で、DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)と並んで広く使われているWHO(世界保健機関)の診断基準の最新版が、2022年から発効するICD-11です。

すでに公開されているその内容で特に注目されているふたつのポイント。それは、性同一性障害という障害名がなくなって「性別不合」になったこと。

そしてもうひとつは、「ゲーム障害」という新しい疾患の導入です。時代によって移り変わる、疾病分類の持つ意味について考えます。


除外された「性同一性障害」

ICD(国際疾病分類)とは、WHO(世界保健機関)が作成した、疾病、障害の国際的な分類基準です。精神科医療の世界でも、アメリカ精神医学会が作成するDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)と並んで、幅広く用いられてきました。

このふたつの疾病分類は、医学の進歩や時代の変化に伴い、定期的に改訂を繰り返してきました。

DSMのほうは、現在、2013年に作成されたDSM-5が使用されています。そして、ICDについては、昨年の2018年6月18日に、およそ30年ぶりの改訂となるICD-11の内容がWHOによって公表されています。

ICDとDSMは、異なる国の医師でも、同じ病気を見れば同じように診断できるよう、診断の基準を定めたものですが、どのような状態が病気であり、どのような状態が健康であるか、どのような状態が障害であり、どのような状態が健常であるかという基準は、決して不変ではなく、時代と共に移り変わってきました。

そのことを如実に示しているのが、今回公表されたICD-11から、性同一性障害 (GID)という障害名が外されたことでしょう。自身の肉体的な性と心の性が異なるといった性同一性障害は、長く障害や病気として扱われてきましたが、今回の改訂では、「性別不合」という名称になり、精神疾患や病気ではなく、ひとつの個人の状態であるという考えが示されました。

2013年のDSM-5でも、これに該当する状態は、「性別違和」という名称になっていて、「障害」という言葉は使われなくなっています。これからは、医学的にもLGBTを正常ではない状態として扱うのではなく、ひとつの性的なあり方であるという前提で扱うことが広まっていくでしょう。

ネット依存は日本に400万人以上

今回のICD-11の作成で、報道でもうひとつ大きく扱われたのは、「ゲーム障害」という、新しい疾患名の導入です。

これは、「ゲームをする時間や頻度を自分で制御できない」「日常生活に支障をきたしてもゲームを続ける」といった状態が12ヶ月続いていることをゲーム障害と診断するものです。この新しい疾患名の導入は、2019年5月25日のWHOの総会で、正式に決定されました。

この「ゲーム障害」のICD-11への導入には、日本におけるネット依存治療の草分け的存在である、久里浜医療センターの樋口進院長が大いに尽力しました。

従来の「ICD-10」には、ゲーム障害の項目はなかったため、ゲーム依存の患者に対し、ICDの疾病分類を当てはめる際には、「その他の習慣および衝動の障害」という漠然とした疾患名を無理矢理当てはめるしかありませんでした。

ゲーム依存やネット依存が正式に病名として認められていなかったため、カウンセリングに保険を適用できないなど、診療上の弊害も大きかったといいます。

樋口医師のもとには、ゲームに耽溺して学校にまったく行かなくなり、日常生活が破綻してしまった中高生が、親に連れられて大勢訪れています。樋口医師が2013年に行なった日本の成人に対する実態調査によると、ネット依存の傾向にある人の数はおよそ421万人。そのうちのほとんどが、ネットゲーム依存だと考えられるとのことです。

特に、ネットゲームがゲームの主流になって以降、ゲーム依存の患者は大幅に増加したといいます。近くさらなる高速回線である5Gの時代が始まるとされており、eスポーツといったゲームの競技化も進んでいます。

その影で、ゲーム依存に陥る人が増えることも予想されるなか、ゲーム障害が疾病として認められたことは、医療モデルによる治療にひとつの道筋を付けるものと言っていいでしょう。

障害ではなくひとつの状態として

ICD-11の日本への導入にあたっては、従来「〇〇障害」と訳されてきたdisorderを、「〇〇症」と訳す変更も進められる見込みです。

たとえば、従来「自閉スペクトラム障害」と言われてきた疾患は、「自閉スペクトラム症」と呼ばれることになっていきます。これは、「障害」という言葉につきまとうスティグマを避けるとともに、欠陥ではなくひとつの状態として、社会の側も様々な特性を持った人に対し、偏見を持たずに接することを求めているものでもあると言えるでしょう。

ICD-11は、2022年1月1日に正式に発効し、世界の医療現場で使用されることになっています。

しかし、日々変化する精神医療の世界では、また新たな概念が生まれたり、障害と健常の境目が社会の変化により移り変わったりして、さらなる議論が続いていくことでしょう。

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