ヤフーvsアスクル、社長退陣騒動がここまでコジレる事情

オフィス用品通販大手のアスクルが、大株主のヤフーから社長退陣を迫られ、猛反発しています。

アスクルは8月2日に2019年5月期の定時株主総会を開催するのですが、創業時から同社のトップを務めてきた岩田彰一郎社長の退陣をヤフーは求めていて、総会で岩田社長の取締役選任議案に反対する、としています。

アスクルが手掛けているB to C通販「LOHACO」の業績が低迷しているので、経営者を交代させて業績を上向かせたいというのがヤフーの公式見解なのですが、アスクル側はそうは思っていません。

同社の業績は絶好調とは言いがたいですが、上場以来一度も赤字になったことはありませんし、2年前の倉庫火災によるダメージからの回復のメドも立ち、まさにこれから利益が復活するタイミングです。

このタイミングでヤフーからLOHACO事業をアスクルから買い取りたい旨の打診があったけれど、アスクルは応じない。このため、求心力のある岩田社長を更迭することで、事実上アスクルを支配下に置き、LOHACO事業を奪い取ろうとしている、というのがアスクル側の見立てなのです。


アスクルには勝ち目のない勝負

岩田社長の更迭については、実は最初から勝負は着いています。

ヤフーはアスクルの発行済み株式総数の41%を保有している、圧倒的な大株主です。総会での議決権行使率はせいぜい8割程度ですので、これだけ持っていれば、過半数の反対で済む取締役選任議案の否決など他の株主の協力を得なくても簡単にできます。

第2位株主で10%を保有しているオフィス用品のプラスも岩田氏の更迭に賛同しており、もはや抵抗の余地はありません。

大株主から引導を渡された経営者は、普通なら忸怩(じくじ)たる思いを抱えながらも、思いを世間にブチまけることも許されないまま穏便に身を引かされるのが世の常です。それまでいっしょに頑張ってきた取締役たちも、自らの保身のために大株主側に寝返ってしまうものです。

しかし、この会社ではそういった事態は起きず、ヤフーに反旗を翻しました。たとえヤフーの思惑通りにコトが運んでも、世の中にヤフーの不当性を知らしめようという腹積もりです。

法的には合法でも、不当な手段によってアスクルを支配下に置いたとあっては、ヤフーも無傷ではいられなくなるので、方針を転換してくれるのではないか――。そんな一縷(いちる)の望みも託した抵抗運動のようです。

「合法でも不当」とはどういうことなのかは後述するとして、そんな抵抗運動が可能になった原因は、業務執行者から完全に独立した、独立社外取締役がしっかり役割を果たしたから、と言って良いでしょう。

独立委、指名・報酬委の決定を無視?

取締役の使命は、株主に成り代わって会社の業務執行に携わっている人たちを監視することですが、日本はその業務執行に携わっている人自身が、取締役も兼務することが一般化している、世界でも珍しい国です。

自分で自分を監視するわけですから、外国人投資家の目には実に奇異に映ります。このため、近年は客観的な立場から業務執行を監視する「社外取締役」を増やすことが求められています。

アスクルには10人の取締役がいますが、このうち業務執行に係わっているのは岩田社長を含め4人。残りの6人は社外取締役です。

この6人のうち2人は大株主のヤフーから、1人はプラスから派遣されていますが、残る3人は経営陣とも大株主とも無関係の独立社外取締役です。この3人の使命は、大株主以外の株主の利益を守ることにあります。監査役も4人中3人が社外です。

アスクルは取締役、監査役の候補者の指名や重要な役職者の選任、彼らの報酬額などを審議・決定する「指名・報酬委員会」を設けています。その構成メンバーは独立社外取締役3人+社外監査役1人、それに顧問弁護士と岩田社長の計6人です。

社長がお手盛りで各役員の給与を決め、社長以外は誰も各役員がいくらもらっているのか知らないというのがかつての日本の上場会社の平均的な姿でした。しかし、近年はガバナンス(企業統治)の透明化が叫ばれ、指名・報酬委員会を設置する会社は増加傾向にあります。

アスクルでは、ヤフーにLOHACO事業を譲渡することが妥当かどうか、つまりヤフー以外の株主にとって不利益ではないかどうかを、独立社外取締役3人+社外監査役3人で構成される「独立委員会」を設けて検討しています。結論はノーでした。

また、定時株主総会に会社として提案する役員候補者も指名・報酬委員会で決定しています。LOHACO事業の収益が改善方向に向かっているので、現経営陣の維持が妥当と判断しています。

いずれもコーポレートガバナンスコードで推奨している方法ですが、それでも岩田社長の役員選任議案に反対するということは、その決定を無視するということに他なりません。独立委員会は一連のヤフーの対応を問題視、業務資本提携の解消が妥当だとも言っています。

ヤフーはなぜリスクを負うのか

コーポレートガバナンスコードは、拘束力のある「法律」ではありません。無視しても刑事罰があるわけでもない、紳士協定に近いものです。独立委、指名・報酬委ともに、法律で定める前に、紳士協定レベルでルール化した制度ですので、その決定を無視したからといって、法令違反に問われるわけではありません。

実際、ヤフーは自社および自社の株主の利益を最優先に考える権利があるわけですが、それでも、上場会社、それも日本を代表する企業がこれをまったく無視するということは、そういう行儀の悪い会社なのだということを世に知らしめるリスクを負う行為であることは間違いありません。

そもそもアスクルはプラスの通販事業部からスピンアウトした会社なのに、なぜヤフーが41%もの株式を持っているのかというと、LOHACO事業を共同で育成していくために、2012年5月に業務資本提携をしたからです。

事業を運営するのはアスクルですが、ヤフーは集客面での協力と、必要資金300億円の拠出を行っています。実際、昨年8月までは、ヤフーのトップページにLOHACOのバナーが掲載されていたそうです。

出資当時の状況を振り返るアスクルの岩田社長(写真:筆者撮影)

300億円の資金は、アスクルの第三者割当増資を引き受ける形で拠出しましたので、その際にこれだけの株式を保有するに至ったのです。当時はヤフーの社長を宮坂学氏が務めていて、岩田社長は「宮坂氏とだからこそ、事業を共に手掛けたいと思った」そうです。

アスクルが抱く一縷の望み

もっとも、アスクルが独立性を維持できるための手当もしていて、信頼関係が崩壊したら、アスクル側はヤフーに対し保有株の売り渡し請求をすることができます。しかし、ヤフーは業務資本提携の解消も不要と考えていて、実際に株式の譲渡を実現するには、法的な手続きが必要になるでしょう。8月2日までに実現できる話ではありません。

ヤフーから派遣されている役員は、指名・報酬委が定時総会で提案する役員候補者を発表した取締役会の場で異議を唱えていません。ヤフーは総会の招集通知発送の直前になって、岩田氏の再任に反対すると表明しただけで、取締役候補者を株主提案するということもしていません。

何とも場当たり的な印象をぬぐえませんが、コーポレートガバナンスコードを無視し、定時総会で緊急動議を出し、取締役を総入れ替えすることも可能であり、それは法令違反ではありません。

それでも、そういうことをする会社なのだというレッテルを世間から貼られるのは間違いありません。アスクルが勝ち目のない勝負に抵抗するのは、ヤフーがそのリスクに気付き、方針を改めてくれることに、一縷の望みをかけているからなのです。注目の総会は8日後に迫っています。

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