いつの間にこんな法律が… 遺族団体も知らず 自死対策「丸投げ法」なぜ(上)

By 佐々木央

交流会の後のクールダウンに参加した遺族の女性たち。自死した家族の話や、何げない日常などを語り合う(撮影・尾形祐介)

 いったい、どれほどの人が気付いているだろうか。知らぬ間に驚くような法律ができていた。

 法律の内容だけでなく、制定過程も異例だった。人の生死に関わる法律だというのに、実質審議は皆無だった。法案は超党派の議員の提案で参院で先議され、衆院本会議で6月6日に可決・成立した。会議録によれば、衆参の委員会と本会議で質問や意見は出ず、採決はどの段階でも全会一致だった。(47ニュース編集部・共同通信編集委員佐々木央)

 ■隠される真の狙い

 法律名は「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等の推進に関する法律」。46文字もある。まともに内容を理解し、考える気持ちを阻喪させる。為政者たちは正確性を重んじていると抗弁するかもしれないが、理解困難な法律名は「よらしむべし、知らしむべからず」の時代への回帰を招く。

 この自殺対策の新法から、諦めずにキーワードを探せば「自殺対策」「調査研究」「成果の活用・推進」ぐらいか。長い法律名にも関わらず、真の狙いは伝わらない。「活用・推進」といえば、現在の方向性を肯定して、前進させるイメージだが、法の主目的は自殺対策の「丸投げ」なのだ。

 立法目的を規定する第1条を見る。

 第1条 この法律は、自殺対策基本法の趣旨にのっとり、自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等の推進に関し、基本方針を定めるとともに、そのための体制の整備について指定調査研究等法人の指定その他必要な事項を定めることにより、自殺対策の一層の充実を図ることを目的とする。

 これまた、めちゃくちゃ長い。係り受けも複雑だ。多くの言葉を重ねる中で、付随的なことのようにさりげなく書かれていることが、立法の理由だ。指定調査研究等法人(以下指定法人」)を指定することである。そのことは他の条文も読まなければ分からない。

 3条1項に国が取るべき措置を述べる。指定法人の指定に加え「指定法人の業務が円滑かつ効果的に行われるための環境の整備」(同条第1号)や「指定法人と自治体、民間団体の協力態勢の整備」(第2号)を挙げる。つまり、指定法人が動きやすくすることを国に義務づけているのだ。

 ■根拠示さぬ立法

 指定法人の業務は広範だ。5条に規定されていて、その1号を見ると「自殺の実態、防止、支援、対策の調査研究・検証・成果の提供・活用」など。2号では自殺に関する研究機関や人に対する助成も行うとする。助成先の決定権まで持つことになる。

 指定法人は基幹的・統括的業務を担うことになる。これが「丸投げ」と言う理由だ。なぜ、新法を作ってまで、丸投げする必要があるのか。

 立法の必要性や妥当性を証明する事実を「立法事実」と呼ぶ。それを示し、議論することは、立法において必須だ。国会の記録を見ると、委員会の趣旨説明で現状を「精神保健や研究の枠に活動が縛られがち」などと論難。福祉、教育、労働などの関連分野と連動し、地域レベルの取り組みへの支援を推進する仕組みが必要だと結論付けた。

 だが、その現実認識と処方箋に対応するデータは一切示されない。重ねて言うが、質疑はゼロ。

 2018年の自殺者は2万465人(厚生労働省統計)。その死に悲しみ傷つく人は何倍もいるだろう。だが、3万人を超えた時代から9年連続で減っているのも事実だ。成果は上がってきているが不十分、何が足りないのか。ふつうはその足りない部分に、人手や資金を充てるべきだが、いきなり自殺対策の枠組みを転換させてしまった。

 ■遠回りでもやるべきこと

 自殺対策として迂遠のように見えても重要な課題の一つは、社会意識を変えることだ。例えば、遺族の自助グループは「自殺」を「自死」と言い換えようと提案する。

 「自らを殺す」という自殺は「自由意思で実行した身勝手な行為」という見方につながる。自殺は自己責任。そういう理解は、自殺を個人の問題に矮小化してしまう。

 ほとんどの自殺が「自由意思」と呼べない状態で起きることは、いじめ自殺や過労自殺を見れば明らかだし、それを示す研究成果も蓄積されている。国の自殺総合対策大綱は「多くが追い込まれた末の死である。(略)さまざまな社会的要因がある」としている。

 遺族の提案は実を結びつつあり、宮城県、鳥取県、島根県や仙台市などが公文書で「自死」に切り替えた。

 この提案をしたのは全国自死遺族連絡会だ。代表理事、田中幸子さんの長男健一さんは、2005年11月、34歳の若さで自ら命を絶った。宮城県警塩釜署の交通課係長だった。春に配属され、直後に高校生3人が死亡し、20人以上が負傷する交通事故が起きる。

 交通課勤務は初めてだったが、健一さんは懸命に働く。当初、22人と報じられた重軽傷者が、送検段階で2人増えて24人になったのは、けがのごく軽い生徒までさがし出したからだろう。事故状況を調べ上げ、塩釜署は地検に「危険運転致死傷罪」の適用を求める文書も提出した。

 4カ月半、1日も休まず働いた。だが、上司は励ますどころか「暴言」さえ吐いた。心身とも疲れ果てて療養に入る。妻は実家に帰った。まさに公私ともに「追い込まれた末の死」だった。

 「自殺」から「自死」へ。遺族だからこそ切実に受け止め、提起できた問題だった。だが、この法律はそんな遺族団体すら知らないところで成立したのだ。(この項続く)

自死対策「丸投げ法」なぜ(下)

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