ワン・ラヴ・マンチェスター 音楽は憎しみを越える。必ず越えられる。 1986年 8月1日 クラウデッド・ハウスのデビューアルバム「クラウデッド・ハウス」がリリースされた日

2017年5月22日、アリアナ・グランデのマンチェスター公演終了後、会場付近で爆破テロが発生。23人が死亡し、120人以上が怪我をするという悲惨な事件が起きた。

アリアナはすぐにチャリティーコンサートをマンチェスターで開催することを発表。『ワン・ラヴ・マンチェスター』と題されたそのコンサートは、6月4日に多数のゲストを迎えて行われ、BBC がその全容を世界に発信した。

ステージには、アリアナ・グランデとマイリー・サイラス。

ふたりの若い女性アーティストが歌った曲は、「ドント・ドリーム・イッツ・オーバー」だった。これは1980年代にオーストラリアのロックバンド=クラウデッド・ハウスが大ヒットさせた曲だ。ふたりは2年前にもチャリティーイベントでこの曲をデュエットしている。

「ドント・ドリーム・イッツ・オーバー」を初めてラジオで聴いたときのことは、よく覚えている。翳りのあるメロディーに悲しげなヴォーカル。靄がかかったような湿り気のあるサウンドは、静かな雨を思わせた。それは僕の心に沁み入り、ひんやりとした感覚で広がると、なにかを洗い流していった。

「これは名曲だ」と思った。時代を突き動かすような音楽ではなかったが、普遍的な美しさをもっていた。

それからは録音したテープで繰り返し聴いた。灯りを消した部屋で、枕元に置いたラジカセからこの曲が聴こえてくると、自分がイギリスの深い森の中にいるような気がした。だから、オーストラリアのバンドだと知ったときは本当に驚いた。

「ドント・ドリーム・イッツ・オーバー」は、1986年10月にリリースされると、静かな曲調に合わせるかのように、ゆっくりとチャートを上昇していった。そして、翌年4月には全米第2位を記録した。そんな足取りの確かさが、この曲らしいと僕は思った。

歌詞の内容を知ったのは、それから随分たってからだった。

「自由は内側にあり、外側にもある」という歌い出し。「紙コップで大洪水を止めてみよう」とつづく。

止められるわけがない。それでも、止められないとは思いたくないのだと気づいた。そう思ってしまったら終わりだからだ。そして、この歌のテーマが、過酷な現実の中でも希望を失わないことだと知ったとき、胸の奥が震えるのを感じた。

 ヘイ・ナウ、ヘイ・ナウ  夢が終わったとは思わないで

 ヘイ・ナウ、ヘイ・ナウ  その時になれば  彼らはやって来る 彼らはやって来る

 僕らの間に壁を作るために  でも、僕らは知っている  彼らが勝つことはないと

2017年6月4日、マンチェスター。アリアナ・グランデとマイリー・サイラスが、オーディエンスにマイクを向けると、大合唱が起こった。誰もが大きな声で歌っていた。

「夢が終わったなんて思わないで(Don't dream it's over)」と。

大丈夫。夢は終わらない。音楽は憎しみを越える。必ず越えられる。

※2017年6月9日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 宮井章裕

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