第28回「やっていくしかない。そして、自分が正しいわけじゃない」

忘れられない日、ありますか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。

7月31日に皓星社さんから新しい本が出ました。『伝説にならないで』という真っ赤な詩集です。

この本は、1ページ目から順にページを切り離せる装丁になっています。わたしは生きづらさと社会問題をテーマにして詩の朗読ライブをして各地をまわっているのですが、ライブの終わりに、読み終わった詩を自由に持って帰ってもらえるスタイルにしています。それを知っていた出版社の方が「本も同じことができるようにしましょう」と提案をしてくださって、ページを切り離せるという手の込んだ装丁になりました。もちろん、本をめいっぱい開いて読んだとしてもページは取れないのでご安心ください。

詩が人から人に渡っていくなかで、忘れられない日があります。

これは、日本三大ドヤ街と呼ばれることもある釜ヶ崎の野外ライブ『釜ヶ崎ソニック』に初めて出演させてもらったときのことです。

いつもと同じように、読み終わった詩は自由に持って帰ってもらえるようにするつもりでしたが、その日は風が強い日でした。読み終わったものを地面に落としていくと、風にあおられて散らばってゴミを増やしてしまうかもしれないと心配になり、急遽、紙の右上に穴を開けてひもでくくり、めくりながら読むことにしました。

ライブ後、朗読をした詩の赤紙を欲しいと言ってくれたお客さんにそれぞれ渡していたら、なんとなく視線を感じました。白いランニングシャツを着たおっちゃんです。無表情でこちらを見ている…気がする、そして、なんとなく悪意ではない気がしました。

少し考えた後、詩の紙を1枚ひきちぎって差し出しました。

「良かったらもらってくれますか?」

おっちゃんは、目を合わせずに受け取りながら言います。

「なんで俺みたいのにくれたんだ?捨てるかもしれへんで」

あー、やっぱりライブがうるさかったから見てただけかな、邪魔になってしまうかな。

「ゴミになっちゃいます?」と聞くと、無表情をくずし、突然ニヤっと笑いました。

「昔はな、そうやって読み聞かせる人がいたんよ、あんたは路上詩人や!」

そしてもともといたと思われる自前のイスに戻っていきます。なんだ、結局もらってくれるんじゃん! でも妙に嬉しい気持ちになりました。

差し入れでもらったハイボールの缶を足元に並べてみます。こんなに飲めないし、帰って冷蔵庫で冷やして明日飲もう…。この土地以外で、差し入れが缶のお酒ばっかりなんてないよって思ったら、面白くて笑いがこみあげました。

ステージから少し歩くと、お好み焼きの屋台があります。150円を出してひとつ買っていいにおいをさせながら公園に戻ると、一緒に演奏をしてくれたSさんが言いました。

「いい光景やなぁ」

砂の上に敷かれたゴザ。無造作に置かれているソファ(のようなもの)。小銭1枚あれば買える自動販売機。人々が集まり、それぞれが思い思いに寝転がったり、踊ったり、談笑したり怒ったりしています。

「ねぇ、ほんとにね」と返事をしながら、お好み焼きをSさんと半分こしました。やけに分厚くてお得! と、はしゃいで買ったのに、中にお肉は入っていませんでした。キャベツの千切りが少し入った分厚い粉物。たっぷり塗られたソースの味ばかり。おいしいといえばおいしいけど、ただソース味がおいしいだけのなにかです。

「うまいかー?」

わたしたちの会話の3倍くらい大きな声で話しかけられてびっくりして目を向けると、さっきのおっちゃんがいました。短い間にずいぶんお酒が進んだ雰囲気。片手には赤い紙。そんなに酔っ払ってもよくどこかに置いてきたりしなかったなと妙に感心しました。

「ねぇちゃん、俺らはなー、負けてばっかりだけど、やっていこうなぁ」

また、わたしの返事を聞く前にイスに戻ってしまいます。会話くらいさせてよ。

自由でいてくれる人の前ではわたしも自由でいられて、とてものびのびと笑えます。

そう、わたしたちはくじけてばかりだけれど、こうして「なんだよ!」って笑いながらやっていくしかないのです。イラつくことをそのまま書いたら、ただのディスで終わってしまう。だから、怒りがあったときにわたしはどうしてそう思ったのか、だけではなくて、自分を含めてどんな世界になってほしいのか、までを書かないといけない。それをやっていくしかないのですが、先は長いし、まるでゴールが見えないな。

でも、やっていくしかない。そして、自分が正しいわけじゃない。

そう思いながら、こうして人に会い続けて、プラカードの代わりに言葉を書き続けてやっていくしかないのです。世界ができるだけ自分にも他人にも優しいものであるようにと、むりやりにでも信じながら。

成宮アイコ

朗読詩人。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。2017年に書籍『あなたとわたしのドキュメンタリー』刊行(書肆侃侃房)。「生きづらさ」や「メンタルヘルス」をテーマに文章を書いている。ニュースサイト『TABLO』『EX大衆web』でも連載中。2019年7月、詩集『伝説にならないで ─ハロー言葉、あなたがひとりで打ち込んだ文字はわたしたちの目に見えている』刊行(皓星社)。

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