北朝鮮版「振り込むな詐欺」のあの国ならではの特徴

警察庁の調べによると、2018年の特殊詐欺(オレオレ詐欺などの振り込め詐欺)の認知件数は計1万6493件に達した。様々な対策が功を奏したのか、4年連続で減少している。一方で、韓国の金融監督院の調べによると、同国内における2018年の振り込め詐欺の被害者数は4万8743人で前年比で5割以上増加した。

北朝鮮でももちろん詐欺事件は起きているが、オレオレ詐欺のような事件は無縁のように思われてきた。しかし、最近では携帯電話を使った詐欺事件の被害の事例が急激に増えている。北朝鮮におけるこうした詐欺事件には、犯人が当局者を騙って被害者を恐れさせ、信用の低い銀行の利用を避けて「受け子」を利用するという特徴がある。

国際社会による制裁で経済の疲弊が進み、治安も悪化。当局は手控えていた公開処刑を再び始めるなど犯罪の抑え込みに躍起だが、効果は限られているようだ。


平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた詐欺事件の顛末は、次のようなものだ。

今年4月30日、新義州(シニジュ)に済む30代の李さんのところに1本の電話がかかってきた。「市の保安署(警察署)の監察課指導員」と名乗った電話の相手は、李さんを本名で呼んだ上で、 「あなたのお母さんが危険な状況に置かれている。出来るだけ早く300万北朝鮮ウォン(約3万9000円)を用意してくれ」 と伝えた。そして、使いを送るので現金はその人に渡してくれと要求した。

「危険な状況」が具体的にどのようなものかについて言及はなかったが、母親を救いたいとの一心から、李さんはお金をかき集めていた。ちょうどそこに、母親が無事であるとの知らせが飛び込んできた。

李さんは幸いにも被害に遭わずに済んだが、実際に被害を受けた人もいる。

新義州で食堂を経営する40代女性は今月初め、「平安北道検察所の検事」を名乗る者からの電話を受け取った。その内容は「家宅捜索礼状を発行した、生き残りたいなら500万北朝鮮ウォン(約7万4000円)を払え」というものだ。

恐ろしくなったこの女性は、手元にあった現金に加え、付き合いのある業者から借りて500万北朝鮮ウォンを準備した上で、「検事の使い」と自称する男性と対面した。

自らを「平安北道検察所の職員」と名乗ったこの男性は、表情ひとつ変えることなく検察のハンコが押された文書を見せた。女性は本物だと思い込み、現金を渡した上で「何卒穏便に」と頼み込んだという。

しばらく経ってからどうも怪しいと思い、地域担当の保安員(警察官)に知らせたが、もし詐欺だったとしても取り返す術はないと告げられてしまった。生き馬の目を抜く北朝鮮の市場経済の最前線で長年商売をしてきた女性だが、このような詐欺が横行していることを知らず、被害に遭ってしまった。

保安署、保衛部(秘密警察)などが、違法行為をネタに多額のワイロを要求する行為は当たり前のように行われてきた。払わなければ暴行、暴言、拷問など酷い目に遭わされる。

政府機関の関係者を名乗って現金を騙し取ろうとする手口は北朝鮮でも韓国でも同じだが、韓国の場合は「相手を安心させる」のば目的でる一方、北朝鮮では「相手を恐怖で震え上がらせる」ことを目的としている点で大違いだ。

また振込ではなく、「受け子」を使って現金を受け取らせるのも北朝鮮の詐欺の特徴だ。

北朝鮮にも銀行は存在するが、国民からの信用は極めて低い。2009年の貨幣改革(デノミネーション)のときに、旧紙幣を全額銀行に預けさせ、その一部だけを新紙幣で引き出させる形にし、多くの人が国に財産を奪われる経験をしたためだ。そのため財産は銀行に預けず、外貨に両替した上でタンス預金にするのが一般的だ。

北朝鮮ウォンの最高額紙幣は5000北朝鮮ウォン(約65円)。持ち運ぶにも貯め込むにも不便だが、外貨ならとても便利だ。

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