私の仕事は運び屋。感電、強盗、遭難、誘拐未遂、食中毒、拘束...あげくに耳がもげた!? 危険な目にいっぱい遭いました!『食べた! 見た! 死にかけた!「運び屋女子」一人旅』発売!

ハンドキャリー、 プロバックパッカーの片岡恭子が、2018年8月フジテレビ『アウト×デラックス』で、 運び屋の仕事と、 彼女が経験した出来事について話したところ大反響。このたび『食べた! 見た! 死にかけた!「運び屋女子」一人旅』(講談社)という1冊の本にまとめられた。

番組では伝えきれなかった私の衝撃一人旅の様子を紹介。また、 危険な話しだけではなく、 ガイドブックには掲載されていないような旅行内容、 グルメ情報も紹介されている。

本の紹介コメント

自己紹介で、 「私の仕事は運び屋です」というと、 「え? やばい薬物?」「金塊?」「臓器売買・・・?」など、 ネガティブな反応が次々と返ってきます。 そんなちょっと怪しい響きを面白がって、 自ら「運び屋」と呼んでいますが、 正しくは「ハンドキャリー」という職業です。 ちょっと前までは「クーリエ」と呼ばれていました。

バイク便のバイクの代わりに国際航空便で、 超急ぎの荷物を海外に直接運んで手渡しする仕事、 といえばわかりやすいかもしれません。

輸出入の通関手続きをし、 関税を支払い、 ビジネスビザで渡航する完全に合法の運び屋です。 そんな都市伝説みたいな商売がこの世には存在するのです。

運び屋としての年間渡航数は35回前後、 年に3~4ヵ月は海外にいることになります。 この仕事を約13年続けています。 タイに1週間に3回、 メキシコに1週間に2回飛ぶなど超過密スケジュールかと思えば、 1ヵ月全く仕事がない、 などかなり不規則な仕事です。

海外旅行好きな人には、 どうしてこの仕事に就けたのか良く聞かれます。

それは、 英語の他にスペイン語が話せるというのがあります。

どうして、 スペイン語が話せるようになったのか、 それは1998年のスペイン留学に始まります。 そこから私の普通ではない人生が幕開けすることになるのです。 ざっとあげるとこんな感じです。

首絞め強盗では失神!

・スペインの首絞め強盗、 心臓が肋骨にバクンとぶつかるのが分かったくらいの感電

・ペルーでは謎の果物による食中毒
・アルゼンチンでは恐らくタイミングが悪かったら本当に死んでいた雪山遭難
・ベネズエラでは大和魂全開で抗議した結果解放された拘束事件
・メキシコでは観光の帰りに交通事故
・ボリビアでは暴動の最中をバス移動、 あげくに耳がもげる・・・?!
・インドで機転を利かせて未遂に終わった誘拐事件

イラストはかわいいが、 本当に仮死状態になった雪山遭難

怖い経験だけでなく、
美味しいものも食べました
怖い経験だけでなく、 美味しいものも食べました

たまったマイレージは100万マイル超、 今日も明日、 私はどこにいるかは分かりません。

片岡恭子(Kyoko Kataoka)
ハンドキャリー、 プロバックパッカー。 1968年京都府生まれ。 同志社大学文学研究科修士課程修了。 同大図書館司書として勤めた後、 スペインのコンプルテンセ大学に留学。 中南米を3年にわたって放浪。 帰国後、 NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。 その後、 偶然手にした職、 ハンドキャリーが話題となり、 テレビ、 雑誌などさまざまなメディアに取り上げられる。 旅にまつわる講演会も多数開催。 訪問国は51ヵ国。 ハンドキャリー歴13年。 著書に『棄国子女 転がる石という生き方』(春秋社)。

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