ザ・キュアーの思い出、合コンの惨事と「ボーイズ・ドント・クライ」 1986年 5月6日 ザ・キュアーのアルバム「スタンディング・オン・ア・ビーチ」が英国でリリースされた日

今年も『フジロック・フェスティバル』は行かなかったが、やはりザ・キュアーは観たかった。フェス以外で来日公演を観るのが叶わない、私的 “最後の大物”。古くからのアイドル。なにしろ、上京して移り住んだ六畳一間アパートの部屋に、初めて貼ったのは、高井戸駅地下商店街のレコード屋でもらったキュアーの巨大ポスターだったのだ。

薄緑を背景に、青いシャツと黒いジャケット、赤い唇のロバート・スミスがどーんと映ったそれは、引っ越すまでの3年とちょっとの間、貧乏学生の生活をじっと見守り続けた。引っ越しのどさくさによって、それをなくしてしまったのが本当に悔やまれる。あのデザインのダークな感じは、UK インディーズに入れ込んでいる陰気には、たいそうフィットした。

“合コンの話があるんだけど、来ない?” ―― ロバートに見つめられた部屋で、大学の同級生から、そんな電話を受けた。合コンって、あれか、集団お見合いみたいなやつか!? 上京して一年足らずの田舎者には、その程度の認識だったが、恋愛とは無縁の身には嬉しい話だ。今思うと、数合わせ&安パイとして声をかけられたような気がしないでもないが、そのときは舞い上がった。

しかし、何を着ていけばいいのか? “ジャケットを着ていけ” ―― 壁のロバート・スミスはそう言った。青のシャツは持ってないので、とりあえず白いシャツをロバートと同じように第一ボタンまで留めて出かけた。

合コンの場、そしてまたもや、しかし、だ。その場の話題についていけない……。昨日のテレビがどうとか、あのドラマが面白いとか、テレビをほとんど見ない自分は、ただうんうんと頷くしかない。

会話に入っていけないことに気づいた友人が、助け舟を出してくれた。“ソウマは音楽と映画、すごい詳しいんだよ” ―― 有難かった、が、結果的にそれは泥船と化す。

“へー、ソウマ君は、どんなアーティストが好きなの?” と女子に問われ、反射的に“キュアーとかスミスとかエコー&ザ・バニーメンとか” とか答えたら、場がシーンとなった。マズい、非常にマズい…… と戸惑っていたら、ひとりの女子が助け舟を出してくれた。“そのキュアーって、名前聴いたことあるけど、どんな曲やってたっけ?”

このパスをどう返すべきか? 脳内メモリが全力で働き始める。「首吊りの庭」…… なんて言ったらドン引きが加速するに違いない。「ザ・キャタピラー」…… “毛虫” の歌なんて、ますますキモがられる。「レッツ・ゴー・トゥ・ベッド」…… 初対面の女子に言う曲名ではないな。迷った挙句、“「ザ・ウォーク」というかっこいい曲がありまして…” と言ったら、またもやシーン…… 泥船はタイニックよりも早く沈んでいく。せめて“「ラブキャッツ」っていう素敵な曲があるんですよ”って言えよ、俺!

その後、映画の話になり、“『トップガン』見た?” という話題に。“見た、見た!”、“トム・クルーズ、かっこいいよねー”、“サントラ買ったよー” という流れの中で、“『蜘蛛女のキス』がとっても面白かった” と主張するのは無粋と思い、再び頷きモードに入った。

“あーあ、やっちゃったなあ、マズったなあ、ダメだなあ” と思いつつ、帰宅。壁のロバート・スミスはこう言った。“黙って「ボーイズ・ドント・クライ」を聴け”

SNS やクラブイベのおかけで、あれから30年強を経てキュアー友は増えた。とりあえず今年の『フジロック』のステージも中継で観ることができたし、それでも胸アツだった。合コンとはその後無縁だったが、この歳になっても舞い上がれるものがあるのは、ちょっと嬉しい。

カタリベ: ソウママナブ

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