肉声が届かない

 じっくりと話を聞き、記録して、台本にする。それを基に、ほかの人に絵を描いてもらう。もう30年ほど、長崎市の三田村静子さん(77)は被爆者から聞き取った話、調べ上げた話を「平和の紙芝居」にして上演している▲ご自身も3歳のとき被爆した。柔らかな笑みからは想像しがたいが、何度もがんで入院したりと大変な人生を送ってこられた。それでも、どなたかの悲痛な体験を語り伝える営みは続く▲紙芝居を作るとき、大切にしていることがあるという。「その人の言葉遣いをなるだけ、そのまま生かす。うまい表現、きれいな表現に置き換えない」。肉声を伝えたい、ということだろう▲聞く耳があれば被爆地の“肉声”も伝わるはずだが、耳を澄ますそぶりは一向にうかがえない。平和祈念式典で長崎は、一刻も早く核兵器禁止条約に賛同するよう日本政府に求めたが、安倍晋三首相は式典の後、現実に沿わないとして条約を言下に否定した▲被爆者の平均年齢は82歳を超えた。「もう時間がない。核兵器の禁止を急いで」という切実な肉声がうつろに響くことなど、あってよいはずがない▲被爆地の発する言葉を受け止め、生かす。政府が知るべきことと「平和の紙芝居」の心得は、どこかしら似ている。なんとかして声を届ける営みを、私たちは忘れまい。(徹)

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