老後資金2000万円不足問題についてデータで考える、結局いくら必要なのか

6月に公表された金融庁の報告書が「老後資金2,000万円不足問題」として、大きな波紋を呼んだことは記憶に新しいかと思います。

夫婦の老後生活30年において公的年金などの社会保障給付だけでは2,000万円も不足するという試算に、衝撃を受けた方も多かったようです。

この問題については、すでに様々な場で議論されているようですが、そもそもどのようなデータが根拠とされていたのか、本当に2,000万円も不足するのか、改めてデータを丁寧に見ながら考えてみたいと思います。


データによって幅のある老後資金の不足額

「老後資金2,000万円不足問題」は、金融庁主催の有識者会議である金融審議会・市場ワーキング・グループが報告した「高齢社会における資産形成・管理(令和元年6月3日)」が発端となっています。

この報告書では、高齢夫婦の家計収支の平均的な姿として、総務省「平成29年家計調査」の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の家計収支を用いて、月におよそ5万円不足し、貯蓄等を取り崩している状況を指摘しています(図表1)。

高齢夫婦無職世帯の収入は、9割が社会保障給付から成り、月平均20万9,198円。一方で支出は、食費などの消費支出に加えて、税金等の非消費支出をあわせると、月平均26万3,718円。収入から支出を差し引くと、▲5万4,520円。よって、夫婦ともに95歳くらいまで生きるとすれば、老後生活の30年間で、不足額は総額で約2,000万円という計算です。

なお、この不足額は、実は調査年によって前後します。同じ「家計調査」であっても、平成26年や27年では、不足額は月に▲6万円を越えていますので、総額で約2,200万円へと膨らみます(図表2)。一方で、最新値の平成30年では、月に▲4万円程度ですので、総額で約1,500万円へと減ります。

さらに、同じ総務省で、5年毎に「家計調査」よりも大規模なサンプルを対象に実施されている「全国消費実態調査」 の結果も見ると、不足額は月に▲4万程度ですので、「家計調査」の最新値と同様、不足額は約1,500万円となります。

そして、いつから老後とするかによっても不足額は変わります。これまでは夫65歳以上、妻60歳以上の高齢夫婦を見てきましたが、夫婦ともに65歳以上の夫婦無職世帯のデータで試算すると、不足額は1,300万円~2,100万円程度となります(図表3)。

つまり、「老後資金2,000万円不足問題」は、幅を持って捉えた方が良い問題と言えそうです。

余暇支出を除けば不足しない?

消費支出の内訳も丁寧に見る必要があるでしょう。実は、余暇支出を除けば不足額は発生しないようです。

先の図表1を見ると、高齢夫婦無職世帯では、余暇支出として代表的な旅行などの「教養娯楽費」と「交際費」を合わせると5万を超えます。つまり、余暇支出と月々の不足額は同程度となっています。

なお、これは調査年によらず同様です。さらに、余暇的な支出としては、「外食」や「こづかい」(合計1万3,000円程度)などもあるでしょう。つまり、食費や光熱・水道費、通信費などの必需性の高い支出は社会保障給付でおおむねまかなえています。

よって、「家計調査」のデータから示唆されることは、現在の高齢夫婦無職世帯では、余暇的な消費を除けば、おおむね公的年金等の社会保障給付でまかなえており、貯蓄を取り崩す必要がない、不足額は老後の余暇消費の程度によって変わってくる、ということではないでしょうか。ここで、海外旅行へ行きたい、お金のかかる趣味を楽しみたいといった方は、より多くを備える必要があるでしょう。

貯蓄があるから不足額が発生している

一方で、一連の「老後資金2,000万円不足問題」では、発送が逆なのではないかとも考えています。消費者は合理的に行動するものです。使えるお金があるから消費をするのであって、使えるお金がなければ消費を控えるでしょう。

高齢者世帯の平均貯蓄額を見ると、おおむね2,000万円を越えています(図表4)。つまり、およそ2,000万円の貯蓄があるために、残りの人生から逆算して、月々5万円程度、貯蓄を切り崩して消費へ充てているのではないでしょうか。もし、貯蓄が半分の1,000万円程度であれば、余暇支出を半分にするなどの工夫が生じるでしょう。

これまでも老後の生活資金は公的年金等の社会保障給付だけでは不足するということは、政府機関をはじめ、様々な機関が指摘しています。今回の根拠となる総務省「家計調査」の報告書(家計調査年報)でも、毎年、高齢夫婦無職世帯の家計収支の状況を掲載しています。今回、なぜ大きな波紋が広がったのかと言えば、1つには「2,000万円」という切りの良い数字のインパクトもあったのかもしれません。

高齢世帯の6割は貯蓄額が2,000万円未満

高齢期の経済状況は、当然ながら、これまでの人生をどう過ごしてきたかによって様々です。特に、貯蓄額は、身長などのように平均値を中心に左右対称に分布しているわけではありません。平均貯蓄額は、貯蓄額の多い世帯の影響で分布と比べて大きな値となりがちです。分布は、100万円未満を頂点に、貯蓄額の増加とともに世帯数が減ることが一般的です。

「平成29年家計調査」を見ても、世帯主が60歳以上の二人以上世帯の平均貯蓄額は2,284万円ですが、分布を見ると、100万円未満を頂点にロングテールを描いています(図表5)。このように分布に特徴のあるデータの場合、中央値が1つの参考になりますが、ここでは1,515万円となっています。

なお、図表5を見ると、高齢世帯の平均貯蓄額を下回る2,000万円未満の世帯は6割を超えています。

つまり、「老後資金2,000万円」を保有していない世帯の方が、実は多数派ということになります。

それぞれの状況でシミュレーションを

以上のように、「老後資金2,000万円不足問題」は、参考とするデータによって、1,300~2,200万円もの幅がありましたし、貯蓄があるからこそ不足額が生まれているという見方もできます。一方で、高齢世帯の貯蓄は、平均値では状況を捉えきれず、世帯による違いが大きい様子もうかがえました。

発端となった報告書にも記してある通り、高齢期の「標準的なモデルが空洞化しつつある以上、唯一の正解は存在せず、各人の置かれた状況やライフプランによって、取るべき行動は変わって」きます。

よって、今回の問題は、様々な仮定のもとで計算された1つの参考例と認識した上で、これをきっかけに自分自身の老後の生活設計を改めて考えてみる、という態度が適切なのかもしれません。

あなたは高齢期にどれくらいの収入を得られそうで、どのような余暇を過ごしたいのでしょうか。少子高齢化の中で若い世代ほど社会保障給付の水準が下がるとすれば、どのような対応が考えられ、仮に半分程度の水準になった場合、収入を得るためにはいつまでどのような形で働く必要があるのでしょうか。

あるいは、支出を抑える方法を考えても良いでしょう。最近では、サブスクリプションやシェアリングサービスなども広がっています。モノを持つより必要な時だけ利用するという節約方法もあります。また、報告書にもある通り、早いうちから「少額からでも長期・積立・分散投資を習慣化して行う」ことが安定的な資産を形成する上で有効でしょう。

日本人の平均寿命は伸び、かつてと比べて高齢者は元気に活発になっています。2,000万円という数字に対して、やみくもに不安になるのではなく、今できることは何かを冷静に見つめることが充実した高齢期を迎えることにつながるのではないでしょうか。

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