バブル崩壊時の大損がトラウマ、投資を再開すべきか悩みます

読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナーが答えるFPの家計相談シリーズ。

今回の相談者は、バブル崩壊時に大損をしたという50代の男性。その時のトラウマから投資ができないでいましたが、老後に向けて再開すべきか悩んでいるといいます。FPの黒田尚子氏がお答えします。

バブル崩壊時に国内株式への投資で大損をして以来、基本的には投資を控えてきました(今でもかなりのトラウマになっています)。しかしながら、2年後に役職定年を迎えるにあたり、金融資産だけでは心もとなく、トラウマを振り払い投資を再開すべきか、再開する場合は何にどの程度投資すべきか悩んでいます。

勤務先には一応、65歳まで再雇用制度がありますが、60歳までは現在の年収の7割、それ以降は3割程度になります。また、子供が私立大学の文系で、学費が年120万円程度かかります。退職金は一時金として、約2500万円、年金は80歳まで月25万円程度の見込みです。アドバイスよろしくお願いいたします。

〈相談者プロフィール〉
・男性、54歳、既婚(妻:54歳、パート)
・子ども2人:26歳(会社員)、18歳(大学1年)
・職業:会社員
・居住形態:持ち家(戸建て)
・毎月の世帯の手取り金額:95万円(夫婦合わせて)
・年間の手取りボーナス額:なし
・毎月の世帯の支出目安:約50万円

【支出の内訳】
・住居費:0万円
・食費:12万円
・水道光熱費:5万円
・教育費:10万円
・保険料:6万円
(死亡保険、医療保険、ガン保険すべて掛け捨て)
・通信費:1.2万円
・車両費:5万円
(ガソリン、税金、保険、高速代)
・お小遣い:7万円(夫婦合わせて)
・その他:5万円
(夫の単身赴任に伴う交通費)

【現在の産状況】
・毎月の貯蓄額:45万円
・現在の貯蓄総額:3300万円
・現在の投資総額:なし
・現在の負債総額:なし


黒田:ご相談者の現在の家計を拝見する限り、年代、家族構成等から考えると、住宅ローンなどの負債はありませんし、貯蓄額も3000万円以上です。収入に対する毎月の貯蓄率も50%近くあり、しっかりと管理をして、貯蓄にも励んでおられる安全性の高い家計と思います。

とはいえ、「このままで大丈夫か?」と不安に感じられるお気持も良く分かります。金融庁が今年6月3日に発表した「人生100年時代」を見据えた資産形成を促す報告書が話題になりました。いわゆる老後資金2000万円不足問題です。

95歳まで生きる場合、夫婦で約2000万円の金融資産の取り崩しが必要になると試算され、老後の収入源が公的年金だけでは資金不足に陥る可能性があることばかりに注目が集まりました。でも本来の趣旨は、家計の見える化を行うこと、早い時期からの資産運用の重要性を訴えるというものだったのです。

とはいえ、資産運用は、家計の“救世主”ではありません。安心して老後を送るための方法は、(1)収入を増やす、(2)支出を減らす、(3)運用する、の3つであり、資産運用はその一つに過ぎないのです。

ご相談者は、これまでの生活スタイルやどんな老後を送りたいのかを見極めた上で、老後にどれくらいのお金が必要なのかを試算してみてください。その上で必要であれば、資産運用をおすすめします。でも、特に不要なら、トラウマやストレスを感じながらムリに投資する必要はないと思います。

なぜ投資に失敗したか?理由を自分なりに理解できている?

一般的に、1991年3月~1993年10月までの期間を「バブル崩壊」と呼びます。となると、ご相談者は、四半世紀以上も前の投資の失敗がトラウマになっておられるということですね。筆者も50代ですので、バブル景気から一転、一気に資産価格が下落した状況を実感した世代です。心中お察しいたします。

まず、このトラウマを克服し、再び投資を始める場合、確認すべきことが2つあります。まず1つ目は、なぜ投資に失敗したのか、その理由を自分なりに把握し、二度と同じ目に遭わないための対処法をきちんと整理できているかどうかです。

例えば、「国内株式への投資で大損」とありますが、海外株式や国内外の債券など分散投資を理解できていなかった。投資のタイミングを一時期に集中させたのが良くなかった。値下がりした時点で、損切ルールを自分で作っていなかった。證券会社の推奨銘柄を言われるがまま購入していた等々です。

いかがでしょうか? ご相談者としては、古傷に極力触れたくないかもしれませんが、元来、投資は失敗と成功の連続。トライ&エラーを繰り返して、自分なりの投資スタイルを確立していくものだと思います。

投資の三大ポイントを明確にする!

そして2つ目は、投資の三大ポイント、「投資目的(何のために投資をするのか)」「投資期間(どのくらいの期間、投資をするのか)」「投資金額(いくら投資をするのか?目標金額はいくらか?)」が明確かどうかです。

資産運用のご相談にいらっしゃるお客さまは、「できるだけ増やしたい!」とおっしゃいますが、この“できるだけ”の感覚は、人によって異なります。運用利率10%は欲しいという人もいれば、2%くらいで十分という人もいるのです。

投資を始めるのであれば、例えば、「老後資金のために(投資目的)、今から10年間(投資期間)で、3000万円を5000万円にしたい(目標金額)」など、この三つがはっきりしていれば、具体的にどのような金融商品にどれだけ投資すれば良いか、自ずと明らかになります。

目的が老後資金なら、できるだけ安全性の高い金融商品で運用したいところ。でも、投資期間や目標金額を変更したくない場合、ある程度、収益性の高いリスク型金融商品を組み込むのも選択肢の一つでしょう、といった具合にアドバイスするわけです。この三つの何を一番優先させたいかによって、残りを調整していきます。

実際に、老後にどれだけのお金が必要になるのか?

さらに、ご相談者が、再び投資を始めた方が良いのでは?とお悩みの理由が、老後資金に対する不安感からだと思いますので、実際に、どれだけのお金を準備しておけば良いのか試算してみましょう。

まずは、現時点から60歳までの貯蓄可能額等を考えます。なお、妻のパート収入の金額がわかりませんでしたので、税金を一切払わない範囲でパートをしていると仮定すると、月額約8.3万円以下になります。そこで、妻のパート収入8万円(妻は60歳まで今の収入を維持しながら継続就労)、夫の年収87万円で試算しています。

(1)夫が54歳から56歳まで今と同じペースで貯蓄。45万円×12ヵ月×2年間=1080万円
(2)夫が57歳から60歳は、年収が現在の年収×7割ということなので、約61万円とします(世帯の手取り収入は69万円)。57歳は、まだ末子が大学4年生のため、教育費負担は残りますが、単身赴任に伴う交通費5万円がなくなったとして、毎月の世帯の支出は45万円。毎月の貯蓄額は24万円×12ヵ月×1年間=288万円
(3)夫が58歳から60歳は、世帯の手取り収入は69万円。教育費負担もなくなり支出は35万円に抑えられる見込みです。毎月の貯蓄額は34万円×12ヵ月×2年間=816万円

上記(1)~(3)を合計すると2184万円になります。これに現在の貯蓄残高3300万円と退職金約2500万円を加算すると、金利等を考慮しなくても元本だけで、7984万円です。

一方、収入が減少する60歳以降、80歳までにどれだけ不足するかも試算してみましょう。

(1)夫が60歳から64歳までは、妻がパートを辞めた場合、収入は夫のみ。しかも年収が現在の年収×3割ということなので約26万円となります。支出が変わらず35万円だとすると、毎月約9万円の赤字です。不足額は9万円×12ヵ月×5年間=540万円
(2)夫が65歳以降、年金は月25万円程度の見込みということで、同じく支出が35万円だとすると、毎月10万円の赤字です。なお、データでは80歳までの年金額ということですので、65歳から80歳までで試算すると、不足額は10万円×12ヵ月×15年=1800万円

上記(1)~(2)を合計すると2340万円です。もちろん、老後にかかる費用はこれだけではなく、医療・介護のための費用(300~500万円)のほか、定年後のおもなイベントとして、住宅リフォーム(50~200万円)、子どもの結婚費用援助(100~300万円)、子どもの住宅購入資金援助(100~1000万円)、車の買い替え(200万円)、葬儀費用(100~200万円)などもあります。

ご相談者の場合、おそらく、これらの費用をある程度加えても、60歳時点で7984万円が準備できるなら、とくに投資で資産を大きく殖やさなくても良いのではないでしょうか?

50代は老後に向けて「攻め」から「守り」に入る時期

しかし、投資をまったくすすめないわけではなく、金融商品の特性をきちんと理解した上で、賢く利用されるのは良いと思います。

その場合にご理解いただきたいのは、ご相談者が投資を失敗した時にくらべて「リスク許容度」が低くなっている点です。通常、ある程度投資のリスクを許容できる20~40代に対して、ご相談者の年代は、投資で値下がりした資産が再び値上がりするのを待つ“時間”が限られてきます。

これまで積極的に投資を行ってきた方も、徐々に定期預金や個人向け国債、個人向け社債などのミドルリスク・ローリスクな金融商品に移行して、堅実で失敗しにくい投資スタンスに変わっていく時期です。

また、50代は、親の介護や相続などでまとまったお金が急に必要になるケースも増えてきます。投資をする前に、すぐに解約できるか、その場合に手数料などペナルティが必要かなども確認しておいてください。

就労継続のための「自己投資」も大切な投資のひとつ

最後に、金融商品を利用することだけが投資ではありません。できるだけ就労を継続させるための「自己投資」も立派な投資のひとつです。そして、こちらの投資はより確実に老後生活を充実させてくれるはずです。

なお、国の働き方改革によって、同一労働同一賃金を含めた改正法が、2020年4月1日から施行されます。(中小企業の「パートタイム・有期雇用労働法」は、2021年4月1日から適用)。「同一労働同一賃金」とは、同じ労働に従事する労働者は、その雇用形態にかかわらず同じ賃金を支給するという考え方です。これまでも労働関係法において一定のルールが設けられていましたが、2020年4月からはさらに徹底化されることになっています。

定年後、同じ仕事をしているにも関わらず、賃金が大幅に減少し、モチベーションが下がった、雇用継続を辞めようと思っているという方は、今後何らかの待遇改善の可能性もありますので、焦らず会社の動向を注視していきましょう。

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