「あおる」では言い足りない

 走者が次の塁を「盗む」。肩の強い捕手が走者を「刺す」。アウト一つを「一死」と言い、いっぺんにアウト二つを取れば「併殺」と言う。野球の用語には、穏やかでない表現も少なくない▲さほど気にもならないのは、それらは「例え」の類いであって、実際はルールに基づいた健全な勝負だと誰もが知るからだろう▲それとは逆に、実際の行いは物騒なのに、言い表し方が舌足らずという場合もある。人を刺激して、ある行動に駆り立てることを「あおる」と言うが、道路でドライバーを恐怖と危険に陥れる行いは「あおり運転」の一語では説明がつかない▲「前の車が遅くて、走るのを妨害された」と供述しているという。茨城県の常磐自動車道で起きた「あおり運転殴打事件」で逮捕された男(43)は、向こうが妨害してくるから車を止めさせ、殴り掛かったと言いたいらしい。世ではこれを言い掛かりと呼ぶ▲警察は「殴打」だけでなく「あおり運転」の行為でも暴行容疑で立件するつもりというが、あおり運転そのものを取り締まる法律はない。危険な運転をしただけで処罰する法が必要だと言う専門家もいる▲「あおる」と言うだけでは足りない、卑劣な仕業をどうするか。時として命を危うくするほどの言い掛かりをどう抑えるか。もう放ってはおけない。(徹)

 


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