異例の独歩高、世界同時株安の中で「豪州株」が堅調なワケ

豪州の代表的な株価指数であるASX200指数は7月30日、約12年ぶりに史上最高値を更新しました。米中貿易摩擦への懸念が広がる中、豪州株は春先から他のアジア株との連動性が薄れ、独歩高となっています。

8月23日時点での年初来上昇率は15.5%にのぼります。今回は、豪州株が好調な理由を分析してみたいと思います。


豪中関係の見通しは

豪州は中国経済とつながりが強く、悪影響を受けやすいと思われるかもしれませんが、実は米中貿易摩擦による直接的な悪影響はさほど大きくありません。もともと輸出競争力の高い製造業が集積していないため、中国を含む製造業のサプライチェーンとの関わりが小さいためです。

むしろ中国景気が軟化し、当局が景気対策を強化した場合、豪州経済にとっては、景気刺激策や鉄鋼・鉄鉱石需要を押し上げるインフラ投資拡大から受ける恩恵のほうが大きいでしょう。

ASX200指数の推移

足元では、鉄鉱石価格の上昇などから、貿易黒字は過去最高の80億豪ドルへ膨らみ、長年続いた経常赤字が黒字へ転換する可能性もささやかれ始めています。豪ドル安は輸出競争力を高めるとともに、海外からの観光客や留学生を引き寄せており、サービス輸出の拡大にもつながっています。

豪中関係に加え、以下の3つの要因が豪州株上昇の原動力として働いています。

(1)5月総選挙で与党がサプライズ勝利したことによる政治的安定感と財政出動への期待
(2)金融緩和と経済成長
(3)世界的な金利低下局面における安定利回り投資への需要増

です。

総選挙がもたらした安心感

まず、今年5月の総選挙の影響を見る前に、豪州経済の特徴を押さえておきましょう。

豪州は1991年半ば以降、約28年間(111四半期)にわたって景気拡大局面が続いています。豊富な資源を元手に、機動的な金融政策や財政政策が打ち出されてきました。さらに、積極的な移民の受け入れなどによって高い人口増加率(年率1.5%程度)が続き、安定した経済成長を遂げてきました。

住宅投資は、資源産業とともに重要な景気牽引役です。税制面での優遇策から、多くの人が投資目的で住宅を保有しています。豪州では住宅融資の主体が変動金利のため、金利が下がると住宅を保有するインセンティブがより強く働きやすい構造となっています。

また1990年代以降、住宅価格が上昇し続けたことも、個人の住宅保有意欲を刺激してきました。当局は、景気悪化懸念が高まると、住宅市場のテコ入れ策を打ち出してきた経緯があります。

とはいえ、住宅市場は2017年半ば頃から軟調に推移しています。中国人の投資などで価格が高騰した住宅市場に抑制策が導入されたためです。今年5月の選挙前世論調査では野党・労働党への政権交代が予想されていたことから、同党が公約に掲げる住宅投資への厳しい規制導入が警戒され、様子見姿勢が広がっていました。

ところが、総選挙では予想に反して与党・保守連合が大勝。選挙後に投資資金が一気に動き出し、住宅市場に底入れの兆しが出始めました。さらに、与党は新たに「初回住宅購入者への支援策」(総額5億豪ドル、2020年1月1日から施行予定)を選挙公約として打ち出しています。

これは、政府が初回住宅購入者に対して、住宅価格の5%の預託金(頭金)で住宅ローンを利用できることを保証し、住宅購入を促進する方針です。産業寄りの与党・保守連合が続投となった政治的な安心感は大きいといえるでしょう。

注目される3本の矢

その他、主に3つの政策が注目されます。第1は、7月に議会で承認された「所得税減税」です。中低所得者を中心に総額1,580億豪ドル程度(家計所得の0.7%程度に相当)が減税となり、家計消費が下支えされる見通しです。

第2は、インフラ投資計画の拡大です。従来は10年間で750億豪ドルでしたが、1,000億豪ドルへ引き上げられました。政府は、道路や鉄道、地域社会に関連した中小規模のインフラ計画など、着工可能なプロジェクトから準備が整い次第開始する方針です。

第3は、中小企業向けの法人税減税です。法人税率は2021年7月1日に27.5%から25%へ引き下げられる予定です。政府の財政収支は2019年7月~2020年6月、12年ぶりに財政黒字に転換する見通しで、豊富な財源を元にした景気テコ入れ策により景気は回復へ向かうと予想されます。

豪州準備銀行(RBA)による金融緩和策も、景気回復観測を支える要因です。RBAは今年6月、約7年半ぶりとなる利下げを決定し、7月にも追加利下げを実施しました。8月は金利を据え置いたものの、声明文で、労働環境の改善やインフレの回復を達成するには長期に渡る低金利が必要になるとし、必要であれば追加利下げを実施する、と表明しています。

市場は年末までにあと0.5%程度の利下げを想定しています。今後は、これまでの利下げに加え、住宅関連税制や政治的不透明感の払拭などにより、住宅市場が回復に向かう見通しです。

さらに、豪ドル安や資源高による輸出増やインフラ投資の拡大も景気回復を下支えするでしょう。RBAは米中貿易摩擦の悪影響への懸念を示しつつも、豪州経済の成長率は2019年の2.5%程度から2020年の2.75%程度へ回復すると予想しています。

過去10年の利回りは4%超

金融市場に目を転じると、世界的な低金利環境のもとで、収益面から見て妙味が高い資産を見出し難くなる中、豪州の配当利回りは高く、魅力的な水準にあります。豪州株全体の配当利回りは過去10年にわたって、4%超で推移しています。

中でも、銀行株は2018年以降、6%超の配当利回りを確保しています。銀行株は、2017年12月に金融機関の不正行為に調査が入り、調整を余儀なくされました。しかし、2019年2月に最終報告書が公表されると、警戒感は払拭。選挙後に不動産関連策をめぐる不透明感が後退したことも、出遅れ気味の銀行株の買いにつながっています。

4大銀行の貸し出しは住宅ローン残高の約8割を占め、安定した収益を確保できる事業基盤を有することも注目されるでしょう。

REIT(上場不動産投資信託)の配当利回りの高さも目を引きます。豪州の総人口は2015年から2050年までに約4割増加すると予想されており、今後も商業施設や流通施設への需要は底堅く推移し、REITを取り巻く環境は良好と考えられます。住宅市場の回復とともに家計消費も回復に向かう見通しです。

米中貿易摩擦の悪影響は実物資産に対して限定的であり、景気サイクルの影響を受けにくいことも魅力といえるでしょう。

指標面からも“買い”なのか

豪州の配当利回りが高い背景として、豪州企業が配当を重視する傾向にあることが挙げられます。金融機関や資源会社は企業体力があり、収益性が高いこと、海外資本系列を持つ上場企業が多く、親会社への配当金支払いへの意識が高いこと、株主還元に前向きな考え方が広く浸透していることなども挙げられます。

豪州のS&P/ASX200指数は7月末に史上最高値を更新し、予想PER(株価収益率)は16.8倍でしたが、8月に入ってからの株価調整により、予想PER は8月23日時点で16.07倍へ低下しました。豪州株に過熱感は見られず、収益面から見ても投資妙味が高いと考えられるでしょう。

米中貿易摩擦の長期化が予想される中で、豪州の政治的な安定感や財政支出・金融緩和による景気浮揚が期待されるとともに、配当利回りが高い銘柄が多く上場していることなどから、豪州株への投資は有効な一手になると考えられます。

<文:投資情報部 シニアストラテジスト 山田雪乃>

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