企業型確定拠出年金、転職で損する場合も?損失を防ぐ手立てはあるのか

会社が社員にお金を出してくれる(拠出してくれる)年金、企業型確定拠出年金(以下、企業型DC)。

会社が出してくれたお金を社員が自分で運用し、60歳以降に受け取る、という制度です。すでに700万人以上が加入しています。企業型DCで将来もらえる金額は、運用の成果で変わります。利益が出ていれば増えますし、損失を抱えていれば減ってしまいます。

今回紹介するのは、転職の手続きを進めるなかで、企業型DCで損をしてしまったAさん。損失から逃れる手段はなかったのでしょうか。企業型DCの転職時の手続きを紹介しつつ、確認してみたいと思います。


転職したために損失が確定!

Aさんは企業型DCで投資信託を買っていました。投資に熱心というわけでもなく、運用結果がどうなっているか、年に1回か2回金額を確認する程度で、あとはそのままほったらかの状態でした。

数年後、Aさんは転職することに。

退職の準備を進めるなかで、企業型DCについても手続きが必要だと知りました。転職先の新しい会社にも、企業型DCの制度があることを確認し、転職後にさっそく、企業型DCを続ける手続きをしようとしました。

しかし、ここでAさんは問題に気づきました。

新しい会社の企業型DCは、前の会社と違う金融機関だったため、これまで買ってきた商品がなかったのです。そして、企業型DCを続けるために、一度企業型DCで買った投資信託を売り、新たに商品を買う必要があると言われたのです。

Aさんは青ざめました。持っていた投資信託は現状、損失を抱えていたからです。しかも、タイミング悪くちょうど市場が荒れている時期で、損失がさらに広がっていたのです。

とはいえ、このまま手続きをしないわけにもいきませんし、今さら転職を取りやめるわけにもいきません。泣く泣く、持っている投資信託を解約し、新しい会社の企業型DCに移換を申し込んだのだそうです。

「企業型DCがあればそのまま続けて、なければiDeCoにすればいいと考えていたのですが、思わぬ落とし穴でした」とはAさんの弁です。

転職は企業型DC加入者にとってデメリット

もしAさんが前の会社で買っていた投資信託を引き続き積立購入していたら、必ず損失が取り戻せた……とは限りません。

ただ、短期的には損をする場面があっても、投資をしつづけて平均購入単価を下げ、複利の効果を生かすのが長期投資、積立投資の強みです。転職によってそれがいったんストップしてしまい、損失が確定したのは、確かにもったいなかったといえるでしょう。

しかし、結論からいうと、残念ながらこの損失を避ける方法はありません。

企業型DC加入者にとって転職は大きなデメリットといえるかもしれません。「終身雇用制」などという言葉が過去のものになった今ならなおさらでしょう。もし長期で計画的に転職を考えている人は利確しておき、定期預金にスイッチングするという方法もとれなくはありません。

Aさんのケースでは、前の会社にも新しい会社にも企業型DCの制度がありました。この場合は退職日の翌日を含む月から6カ月以内に「企業型DCへの移換手続き」が必要になります。手順は以下のとおりです。

(1) 新しい会社に、前の会社で企業型DCに加入していたことを伝える
(2)「個人別管理資産移換依頼書」に必要事項を記入して提出する
(3)自動的に前の企業型DCの資産が売られ、新しい企業型DCの資産に配分される

新しい企業型DCの資産配分先は、新しい会社が決めています。たとえば、これからも低コストの投資信託が買いたいのに、コストが高い投資信託のラインアップになっている、ということもありえます。

なお、「新しい会社でもまったく同じ金融機関の企業型DCだった」という方もいるかもしれません。しかし、その場合もいったん売却して新たに購入しなおすルールです。転職時点の損失(場合によっては利益)は確定することになります。

iDeCoに移換しても損失は確定してしまう

新しい会社に企業型DCの制度がない場合は、Aさんも言っていたように「iDeCoへの移換手続き」をすることで、iDeCoでの運用ができるようになります。退職日の翌日を含む月から6カ月以内に、次の手続きをします。

(1)金融機関にiDeCoの口座開設をする(企業型DCに加入していたことも伝える)
(2)「個人別管理資産移換依頼書」に必要事項を記入して提出する
(3) 自動的に前の企業型DCの資産が売られ、iDeCoの資産に配分される

こちらも前の企業型DCの資産が売られてしまう以上、転職のデメリットを取り除くことはできません。

iDeCoは企業型DCとは違い、自分で掛金を拠出する必要があります。とはいえ、毎年の確定申告で掛金は全額所得控除でき、所得税や住民税を減らすことができます。また、運用益も非課税で、受け取りのときにも控除が使えます。

iDeCoでは、毎月の口座管理料などの手数料も自分で負担する必要があります。どの金融機関(運営管理機関)でも、国民年金基金連合会や信託銀行にかかる手数料は発生します。しかし、金融機関への手数料は、無料のところと有料のところがあります。当然、無料のところを選んだ方が、手数料負担は軽くなります。

なお、iDeCoの口座開設には1〜2カ月かかると思っておいたほうがいいでしょう。iDeCoにすることを決めたら、早めに口座開設・移換手続きを済ませるようにしましょう。

「損」は防げないけど「大損」は防げる

今回、ちょっと不運だったAさんですが、唯一の救いはきちんと手続きをしたことです。というのも、移換の手続きをしないでいると、自動移換されてしまうのです。

自動的に移換してくれるなら楽…と思ったら大間違い。自動移換にはたくさんのデメリットがあります。

** ・自動移換にあたって、4269円(税込)の手数料がかかる**
** ・資産がすべて現金の状態で管理され、運用ができない**
** ・毎月の管理手数料51円(税込)が引かれる**
・自動移換中は確定拠出年金の加入期間とならないため、受給のタイミングが遅れる可能性がある(加入期間が10年以上ないと60歳から受け取れない)
・自動移換されたお金は再び企業型DCやiDeCoに移換しなければ、年金として受け取れない(しかも、移換時に1080円(税込)の手数料がかかる)

運用ができず、手数料ばかり引かれるのですから、お金は確実に減っていきます。また、確定拠出年金を60歳から受け取るには、10年以上の加入期間が必要ですが、自動移換されたままだと加入期間になりません。これによって、最大65歳まで受給のタイミングが遅れる可能性があります。

これだけのデメリットがあるのですから、みんなきちんと手続きしているだろう……と思ったら、これも意外とされていないのです。

国民年金基金連合会「平成29年度国民年金基金連合会業務報告書」によると、平成29年時点の自動移換者の人数は73万4243人。そのうち、資産額が0円になっている人が30万7325人もいるそうです。こうなってしまったら大損どころの話ではありません。

自動移換に刺せないためには、退職日の翌日を含む月から6カ月以内に手続きする必要があります。新しい仕事に慣れるのに大変で、つい手続きを忘れる……ということもあるかもしれませんので、十分に気をつけてください。


企業型DCをしている人が転職すると、新たな企業型DC、またはiDeCoに資産を移換する手続きが必要になります。このとき、資産はいったん売却されるため、損失を抱えている場合は損失が確定してしまいます。現状、これを防ぐ方法は残念ながらありません。

だからといって手続きをしないのはもっとよくありません。企業型DCにせよiDeCoにせよ、すみやかに手続きをしておきましょう。

© 株式会社マネーフォワード